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第七十二話 対面(3)

 くれぐれも隠すなよ、とジェインはジミールを見下ろす格好で、ごほんと咳払いしながら言った。


 だらだらと流れるはずの血液は、腕が斬られたにしてはまたもや少なく、ジミールの顔を見るに痛みも遠いようだった。


『渡ったばかりだからか、更に痛みに鈍感ね。人の顔でこれは気味が悪い』


 やだやだと続く相棒の台詞(せりふ)に軽く頷きながら、ジェインはひとつ目の質問を口にした。


(あお)い天罰の瞳、この呼び名を聞いたことはあるか?」


『あら、ジェイン、さっきクインが言っていたじゃない。ヤツの別の通り名。こいつには、あっちじゃないと分からないかもよ』


 ジェインはそうだったと付け加えた。


「あー、()()()界隈では蒼瞳(そうとう)の稲妻とも呼ばれているみたいだな」


 目の前に座る、右手の肘から先がないシェイプシフターは白い顔のままだった。眉ひとつ、指ひとつ動かさない。ただ、その目だけがジェインをじっと見詰める。


「知らないか? 蒼い目の中にこう、稲妻が走ったような模様があるやつ」


 ジェインは自らの(みどり)の瞳を指さした。


 これにも何も答えない。


『うーん、耳が聞こえないっていうのじゃなきゃ、これは知らない顔よね~』

「なら今回もハズレ?」


 ジェインは息を吐き、肩を落とした。


「……私は診療所のジミールよ。あの子を診ないと」


 (かす)れた声で、腕を斬り落とされた女はジェインから目を離すことなく言った。


 すっぱりと綺麗に斬られたその切り口には、時折キラリと光るものが見え隠れしている。


「はー、まだ言うか。さっきおまえのことはもう知っているって言っただろう」


 溜息混じりに声を継ぐ。


「言う気はなかったが仕方ない。……おまえの()()はさ、完成度が低いんだよ」


「は?」


 自分の能力に自信でもあったのだろう。


 言ったジェインに、ジミールは意味が分からないといわんばかりの間抜けな顔でひと言だけで返答した。


「やっと表情がでた。でもま、()()()()()()


『悲しいかな、決して反応を返してはならない、それすら出来ないんだもんねぇ』


 どこかの学者を真似したような口調で、残念がるカティアの声。


「まあ、おまえの観念しないそのしつこさに、そんな気はしていたけどね」


 肩をすくめ、少し呆れた風な表情を顔にだしたジェイン。相変わらず芸術の塊のような姿にか、それとも命の危機にか、ジミールの視線はジェインに縫い付けられたまま。


「……そもそも、どんなに完璧だったにしても、ここには【()()()()()()】持ちがいる。だから、どんなに完璧で隙のないやつの渡りでも、そのすべてが無駄だけど」


 【渡らずの記憶】


 ジミールの目が大きく見開かれた。


 生まれたばかりのシェイプシフターでも、最初に教わる忌まわしい存在、天敵とでもいうもの。


 それを聞いて、これ以上の成りすましも、もう誤魔化しようがないことにも(ようや)く気づいたようだ。ジェインの台詞にジミールはぐっと唇を真一文字に結ぶと、それ以上の何かを飲み込んだ。


『ちょっと、ジェイン! それはっ』


「誰かの秘密は口外されるべきじゃない、分かっている」


 それを口外したということは。


 ジェインの独り言か、聞こえたシェイプシフターの指が一本、ピクリと跳ねた。


「それで? どうだ、もしかしてさっき言ったやつに心当たりが出てきたりしていないか?」


 ジミールの顔は白いまま。


「急に思い出したりしてたり? しない? ……そっか。やっぱり知らない、か」


『もう! だから短気は直しなさいっていつも話しているでしょ。どう考えても、さっきの()()()()()クインの方を追求すべきだったのよ。これは生まれて日が浅そうだもん。なぁんにも知らないのよ、きっとね』


 賭けにハズレた形のジェインは小さく唸った。


「なら二つめだ」


 独り言のような、誰かとの会話のような。そんな目の前の美貌の賞金稼ぎ(バウンティハンター)が聞いてくる言葉に、ジミールの身体がびくりと動いた。


()()()()()()()()()()理由は?」


 これなら答えられるだろうと、ジェインは言った。


 確かに、不本意でも自らの意志でも無理やりだったとしても、この質問には誰もが答えられるはずだ。


「……ここは良い街よ」


 繋ぎがうまくいき始めているのか、ジミールの頬を冷たい汗が伝う。


「シェイプシフターがどんな基準で入り込む場所を決めているのか知らないが」


 ジェインがカチャリと(つば)を鳴らす。


「おまえのようなヤツが言うその台詞だけは信じられない」


「初対面なのに? 偏見って言うのよ、それ」


 誰の知識か、ぺろりと唇を濡らしジミールはジェインを見据えた。


「さて、どうだか。おまえは何処からか、ここを目指してきただろう」


 ジミールの心臓がどくりと跳ねた。


 上手くいきすぎだった。ジミールの体は異様に早く順応しているようで、ジェインの指摘に冷や汗が止まらない。


「忠告するには遅すぎるし、そんなつもりもないが。交流の多い人間に成り代わるのは、渡りに十分慣れてからにすべきなんだよ」


 ジェインは続けた。

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