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第七十一話 対面(2)

 先ほどまで横たわっていたはずのリュシェルが、上半身を起こし、こちらを凝視していた。


 その左目が()()()()()()()()


「やめて! 私はマニーの診療所の助手、ジミールよ!」


 彼女はブチ切れていた。

 斬られた腕を抱え、ぼたぼたと流れる液体で地面を汚し、両足を大股に開いた格好で。片やアシュリーは尻もちをついたまま唖然としていた。

 

 ジミール。


 シェイプシフターに襲われた診療所の医者が、教えてくれた名前。


「ならばあれが今の()(しろ)……」


 リュシェルが弟分の仇の姿を凝視した。


「そいつがグラインの仇!」


 大きな声だった。


 未だ回復もしていない体から本来出せるはずのない、リュシェルの怒りだけで成したもの。


『思った以上にご立腹』


 軽口のように言うカティアの声も、いつもより低かった。


「まあ、当然代わりはするけども」


 ジェインがリュシェルを見た。ほんの一瞬、視線が絡み合う。


「おまえに訊きたいこともあるし」


 ごくり、とジミールの喉が鳴る。


「……なぜ話を進める? 私は」


「おまえまだ言い張るのか?」


 ジェインは心底呆れた声をだした。これ以上のやり取りは面倒くさいとばかりに顔を歪める。際立つ美しさが放つ軽蔑の表情は、見た者に何らかの痛みを覚えさせるのだろうか。


 短い呻きと共に、ジミールは言葉を詰まらせた。口をはくはくと薄く開け閉めするだけで声を出せない。


「おまえが峠で配達屋に乗り換えて、さっきまたそのジミールって人に渡ったってこと、もうバレてるんだよ」


 ジミールの顔色がさっと変わった。


「だからもういいだろ? さっさと来いよ」

「いたっ!」


 突然耳元で聞こえたそれにジミールが反応できたとき、斬り落とされ血が(したた)る腕とは別の場所に痛みが走った。


『相変わらずの馬鹿力』


 ジェインの素早い動きについていけないジミールが、髪を鷲掴みにされ、あっという間に引き摺られる形で引っ張られていく。ジェインはアシュリーたちからジミールを連れて離れた。


 自分に何が起きたのか、掴まれた腕に無意識にもう片方の手を添えて呆然と二人を見送ったアシュリーが、はっとしてリオの方へ意識を戻した。


『ま、途中で逃げられちゃ困るもんね。月花亭の皆さんは今大変そうだし。あ、あそこがいいんじゃない』


 ジェインの行動を肯定しながら、行先をナビゲートするできた剣。足で抵抗しているつもりか、ジミールは子どものように(わめ)き、ばたばたと暴れ続けていた。


 しかしジェインが彼女の髪を握りしめ、引っ張っていくのには何の支障もでなかった。ずるずると石畳の上を引き摺ったまま、カティアが教えた建物の間に入り、その壁伝いにある扉を蹴破った。


「ぎゃっ」


 ドアを破るのと同時にジミールと言い張る女を部屋の中に投げ込んだ。そこは物置か、積もっていた(ほこり)が盛大に巻き上がった。


 思い切り転がされたジミールはごほごほと咳き込み、髪か腕かそれとも体か、そのどれかまたはすべての痛みに耐えているように埃の沈む床で虫のように(うごめ)いた。


「さて、ここなら少し話もできそうだ」


 蹴破った扉をうまく立てつけでもしたのか、今までの誰かの声達が遠くに聞こえる。体を起こして彼女は訴えた。


「私は、私はマニーの助手の」


 ヒュッ、とジミールの片頬を何かが横切った。


 ガランガランガラン!


 座りこんだ形のジミールの後ろでそれはぶつかって、大層な音をたてた。金属でできた大きな缶が、壁と床に中身をぶちまけてゴロンと転がった。


 頬に違和感を覚えたジミールが、そっと頬を触る。指先がぬるっとした。震えながら視線を落とし見れば、指には赤いべたべたしたものが付いていた。


 ジミールがジェインに何か言いたげな視線を寄越す。


「なんだ、おまえのものでもないだろう?」


 ジェインはゆっくりとジミールに近づいていく。


「さっきのやつがどうにも話が通じなくってさ」


 一歩一歩、歩く度に床が鳴る。


「イライラして、今は冗談を聞いてやる気分じゃないんだよ」


 ジミールには関係のないことだが、彼女の口からは抗議の言葉は(こぼ)れなかった。


「いい? 質問には真面目に答えるんだ。じゃないとさっきのふざけた鳥女のように体が二つに増えたりするよ」


 言い終えてにっこりと浮かべる女剣士の笑みに、暗い室内に灯りでも点いたのかとジミールは感じた。日に照らされたわけでもないのになぜか眩しく、目をしぱしぱと瞬かせる。それともさっき思い切り体を放り投げられたから、遅れて星でも飛んだのか。


『なに、こんな暗いのに(まぶ)しい? え、まさか、そんな……? ぷふっ。ねぇ、あんたのその無駄に輝くび、びぼうってやつ、ちょっと仕舞(しま)ったら』


「あぁ? 何を言って……仕舞えるわけないだろうがっ」


 あまりのカティアの言い草に、思わず荒い返事が口をついてでた。先ほどのハルピュイア・クインとのやり取りを揶揄(からか)ったつもりなのだろう。緊迫感も何もあったものじゃない。


 が、ジェインの台詞(せりふ)咄嗟(とっさ)のもので、床に横座るやつには何のことやら分からない。


「……とにかく、今からおまえに質問をする」

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