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第六十九話 計略(2)

「人から外れた美貌(びぼう)には魔族も(たぶら)かされるとか。……まあそれは遠からずかね」


「は?」 


「我らを世界の端に追いやった、狩人(かりゅうど)最強の一族キンバーライトの生き残り」


 ジェインの体がぴくりと動いた。


「そんな隆盛(りゅうせい)を誇った最強の一族、あの有名なキンバーライトが、今や賞金稼ぎで、実は蒼瞳(そうとう)の稲妻を捜す身の程知らずだったとは。こんなに落ちぶれてくれて嬉しいねぇ」


『あらあんた、あちら界隈じゃなかなかな有名人じゃない。……人外、美貌、くふっ』


 笑いを押し殺すのに中途半端なカティア。


「なんでも好きに言えばいいさ。まったく興味ない。それよりその稲妻? ヤツのことを教えろ」


 じっと視線を()わす時間の、なんと不毛なことか。あまり気長ではないジェインがイライラし始めたのを楽しそうに目を細めるクイン。


「ああ、それもちゃぁんと知っているとも。そんなに知りたいんだねぇ」


 高所ゆえに吹く風に(さえぎ)るものがなく、ジェインの細身の体に吹きつける。マントが(ひるがえ)り、クインとジェインの髪が真横に(なび)いた。 


「ふん、教えてやるさ。よくお聞き!」


 大きな口が更に大きく開く。


「おまえは自分の首を吊る紐を、自分で手繰(たぐ)り寄せているマヌケだ。あははははっ。引ききってしまえ! 忌々しい賞金稼ぎめ」


 片手を胸に、もう片方を腹に沿え、反り返るようにしながら大声で笑う。間近でそれを見るジェインの顔は能面のようで、なんの感情も載せられていなかった。


「要するに、知らないってことか。もういい」

『あ、諦め早い。だめよ、もう少し』


 訊かなきゃ、とでも言いたかったのか。しかしカティアが継いだのは、別の単語だった。



 ひと際大きな喧騒が、カーラントの前で起きた。


 自然ではない風が一ヵ所以上から吹き、ギャアギャアと汚い声がする。見れば住人が数匹のハルピュイアに襲われていた。すぐに駆け付けるべく纏わりつく人形たちを急いで払うが、その間も事態は悪化していく。


「月花亭の」


 襲われているのがアシュリーたちだとカーラントが気付き、走り出そうとして前に倒れ込んだ。ばっと足元を見ると、無力化したはずの連中の手が、無数にカーラントの足を掴んでいた。


「アシュリー!!」


 男の声がカーラントの耳に届く。


「おい、離すんだ!」


 カーラントは手の主たちに無駄な声をかける。そもそも意思ではないので当たり前だが、何も変わらなかった。やむを得ず、掴まれている手を剥がすべく、カーラントは足を動かしげしげしと蹴った。皮膚が赤くなり、血液までも滲む。それでも掴み続ける当人たちは、謝罪を口にしながらその手を離すことが出来なかった。


「リオ!!」


 今度は細い少女の声だった。


「くそっ、うあっ?」


 もう一度手を払おうとして足に力を入れた瞬間、握っていたはずの手が一斉に離れた。手ごたえのない蹴りに下を見れば、もう誰もカーラントの体に絡んでいなかった。


 人形(マリオネット)化が解けたのかと考える前に、副隊長は飛び起きて、ハルピュイアに襲われているアシュリーたちの元へと向かった。



『下!』


 カティアが教える前に、ジェインも気付いていた。


 登る前、この屋根の上にいたはずの残りのハルピュイアが、着けばここにはいなかった。何か企んでいるのは承知済み。


 それでも、情報が手に入る機会があれば、どんなときもそれを優先しただろう。ジェインにとって、それがこの旅の意味なのだから。


 ()()()()()()()()


「行かせるわけがないだろう! キンバーライト!」


 下での騒動はクインの計画か、何があっているのかクインは見もせずに言った。ジェインが向かうのを阻止する為にがばりと広げた翼。両端があまりに大きく、閉じていた時との違和感があったが、それは今論じることではない。


「あの血を飲めば! あの子たちも私と()()()()()()()!」


「ふはっ!」


思わずジェインが吹き出すほどに、面白い台詞(せりふ)だった。


「なれないよ」


 呆れながら言った言葉と共に、握っていたカティアを無造作ともいえる動作で振るった。


 誰の目にも留まらない、刹那(せつな)(ひらめ)き。


『ちょっと!』


 慌てた剣自身が振るわれながら、抗議した。


伝手(つて)はまだあるだろ」


 どさりと大きな音がジェインの足元でしたのと、ジェインがカティアにそう答えたのがほぼ同時だった。敵の生死は確認せずとも分かっているように、(ひるがえ)って、ジェインは月花亭の屋根から地上の喧騒真っ只中へ即座にダイブした。


 落下する過程で、カティアに付いたハルピュイア・クインの血が吹き飛んでいく。まだ何も斬っていないかのような、まっさらに煌めく刀身を、ジェインは躊躇(ためら)うことなく、誰かを掴んでいるハルピュイアの頭目掛(あたまめが)けてそのまま振り下ろした。


 降る衝撃の加わった剣は、まるでケーキでも切るかのように何の抵抗もなくハルピュイアの体を斬っていく。きっと翼の魔物は自分に何が起きたのか知らぬままだったろう。


 ハルピュイアの頭に突如湧いた銀の切っ先は、獲物をいたぶる笑顔の中をぬるりと泳いでいった。

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