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第六十八話 計略


「大丈夫? リオ」


 アシュリーの腕の中には、小さなリオがいた。ハルピュイア・クインの口撃(こうげき)は、雑貨屋のリュシェルに助けてもらった。


 三人が【声】の支配を免れた代わりに、リュシェルが操り人形のような妙な動きで、急にどこかへ走っていってしまった。見渡せば、味方であるはずの守護隊や街の人までがあちらこちらで、人間同士、剣を、拳を交えている。


 とりあえず三人は、先にリュシェルが行かせようとしていた建物の陰へと向かうことにした。わあわあと声をあげる皆のその脇を、うまくすり抜け少し離れることができた。


「ここで暫く様子をみよう」


 ゴーシュはアシュリーとリオの二人の肩をぐっと掴んだ。二人は頷き、アシュリーは自分の手を握ってきたリオの手を、ぎゅっと握り返した。


「すまないな、アシュリー、リオ。この街は安全だと思ったんだがな」


 二人に許しを請うような言い方に、すぐに姉弟は反発した。


「そんなことない、おじさんのせいじゃないわ」

「今まで安全だったよ。平和だった」


 だからここに住んだことは間違ってないと、リオが言った。


「心配ないわよ。きっとジェインさんが全部やっつけてくれるもの」


 数々の危機を救ってもらったからか、ジェインの評価絶賛爆上がり中のアシュリーは、ごちゃごちゃと誰彼構わず闘い合う人の群れを視界に、確信めいた口調で断言した。


「ぼくだってアシュリーを守れる」


 姉とおじ、二人の腕に囲われるようにいた小さな金髪の男の子が、少し不服そうに呟いた。とても近くにいるというのに、喧騒がゆえにその呟きは正確には二人のどちらにも届かなかった。


「いいか、二人とも。見つからないように今は静かに」


 ゴーシュが周りを気にしながら、ぎゅっとその手に力を込めた。


「キェェェェェ」


 その音は、何かに爪をあてて引っ()いたような、喉が潰れかけたような、そんな酷い音だった。三人の後ろ、つまりゴーシュの真後ろでそれは聞こえた。


 月花亭の屋根にいたはずのハルピュイアが一匹、いつの間にか降りてきて、自分を見てよとばかりに奇声を上げたのだ。


 慌ててその場を振り向きざまに立ち上がり、二人を後ろ手にゴーシュは素手ながら立ち向かおうと身構えた。じりじりと縮まる魔獣と三人の距離。


 伸びた爪を凶器としてその両手を前に出しながら、逃げ込んでいた路地の奥からハルピュイアが迫ってくる。


 死角になっていたはずだ。


 だからこそ、ここへ逃がそうとリュシェルが選んだのだ。だが空を自在に飛ぶものには、(はな)から関係がないのか。


「キィイイ」

「あっ」


 じりじりと後退(あとずさ)っていき、アシュリーとリオは路地から転がるように出てしまった。


「キヒィ」


 なんとも醜悪(しゅうあく)な声だった。ゴーシュの前にいたハルピュイアが、確かに()()()のだ。


 バサバサバサ、と慌ただしい羽音が三人を囲む。路地から出てくるのを待っていたのか、上からもう一匹のハルピュイアが勢いよく下降してきた。その大きな足の爪を子供たちに真っすぐ向けて。


「アシュリー!!」


 大きな声でゴーシュが叫んだ。


 前と後ろと上からと、ゴーシュの目はどこを見れば良かったのか。大きな羽音と吹く風と、散らばる大ぶりの羽根の舞に邪魔をされながらも、彼は自分の家族へと手を伸ばした。


「うっ」

「リオ!!」


 アシュリーが金切り声でリオの名を呼ぶ。姉弟二人ともの叫びの中、ゴーシュは二人に襲いかかるハルピュイアを見た。阻止すべく動きたいのに、後ろからきたハルピュイアに羽交い絞めにされて動けない。食い込む爪がゴーシュの肌を破って赤い血が伝い流れる。


「アシュリー! リオ!」



「おまえが噂の賞金稼ぎ、キンバーライトの生き残りだね」

「噂?」


 ノースリーブドレスを着た太った女は、似合わない赤い下品な唇でニタリと笑った。裂けたのかと思えるくらい、口角が両頬に届くほどにつり上がる。


 これまた似合ってもいないドレスの背後に、保護色とでもいいたいのか(まだら)模様の翼を一対くっつけて、ひと言で言うならば、この魔物は恐ろしいほどに醜かった。


『……どうでもいいことなんだけど、なんかこう、色々同情するところがあるわよね』

「ぶふっ!」


 ジェインが思わず吹き出したのは仕方ない。


 ハルピュイア・クインが人の美に憧れているのに間違いはなさそうだが、方向性には大いに問題があるようだ。


「あんた言い過ぎ」


 カティアにだけ聞こえるようにぼそりと言った。


「どんな噂さ。まあなんだっていいけどね。おまえがヤツを知っているのか、知らないのか。訊きたいのはそれだけだ」


 すぐに真顔になって、ジェインはハルピュイア・クインを見据えた。


「おやまあ、知らないのかい? それは、それは」


 大袈裟に両手を広げて、二、三度首を振る。カティアの声など聞こえないクインは、ジェインが笑ったのが自分のこととは分からず、吹き出したことはスルーして言葉を続ける。


「自分のことだ、知りたいだろう? 折角だから教えてやるよ」

「興味ない」


 ハルピュイア・クインはまたもジェインを無視して続けた。


「……いつ見ても同じ姿、一向に変わらない容姿はこちら側のようで」


 言いつつハルピュイア・クインは、上から下へ舐めるように視線を動かす。

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