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第六十六話 賞金稼ぎ VS 元冒険者

 カキン、カキィンと金属を重ね合う音が辺り一面、並び立つ建物の壁と壁にぶつかり反響していた。白い隊服同士で剣を交えていたり、武器という武器をもたないのにも関わらず、意識朦朧(いしきもうろう)のまま街の住民たちが掴み合ったり、剣を持つ隊士と戦うなどありえない行動をとったり。


 女も年寄りも子もなく揉みくちゃになりながら、ゆらゆらと操り人形同士の戦闘が繰り広げられる。月花亭前の道は酷い光景だった。


 彼らにほんの少しだけ視線をやったリュシェルが口を開く。


「じゃあ、早めに終わらせておくれよ」


 リュシェルのお願いに、今度はジェインが口角をあげてみせた。



「ザイスト! 無事かっ」


 ジェインとリュシェルが剣を合わせる場所より少し離れて、カーラントがいた。ザイストの状況をよく呑み込めておらず、説明を求めるように声を張りあげる。


 この場の多くの者の身体に、見えない無数の糸が絡まっているかのようだった。もしかしなくても意思とは何の関係もなく手や足が動いているのだろうか。


 カーラントは、まるで稽古をつけるかのように、向かってくる者たちを次々と(さば)いていく。


 多くが「分隊長~」と情けない声を出しながら、剣を繰り出してきた。稽古と違うのは、カーラントが身を(かわ)したあと、すれ違いながら剣の柄で鳩尾を打つところ。倒れて悶絶する部下を足元に転がすのは、これでもう何人目か。


「ザイスト!」


 それよりも、先ほどまでリュシェルと相対していた幼馴染の姿が今は見えない。いるであろう方向に声をかけても返事は返ってこず、嫌な考えが頭を(よぎ)る。が、きっと違うはず。


 すぐに見に行きたかったが、今はまだ襲ってくる隊士達をどうにかするのが先だった。


「賞金稼ぎは……」


 副隊長のその口からこぼれた台詞に応えるように、耳に入ってきたのは軽快に響く金属音。リズミカルな剣撃の声が辺りの戦闘とは一線を画すものだと教えてくれた。


『遊んでる?』


 なかなか決着をつけないジェインに、カティアの嫌味のような声が響く。何度目かの斬り合いをしつつ、ジェインはぼそりと呟いた。


「いやあ。なーんかさ、この剣似てるんだよね」


 言いながらキンキンと鳴らして斬り合う剣同士の音。振り回されながらカティアもそういえばとジェインに答えた。


『そう言われればどことなく似てるわね』


 誰にだよ、と聞くのは野暮とばかりの二人。


『でもそろそろあいつらも動きそうよ』


 カティアの声に、ちらりと月花亭の屋根を見る。ハルピュイアどもがクインを中心に固まって何か相談しているように見えた。


「は、こちらを攪乱(かくらん)させておいていい態度」


 何度目の打ち合いか、ジェインは、だが先ほどまでとはがらりと違った。


 ガキィン!


「ああ!」


 なんという重さだろうか。


 リュシェルは今しがたの一度の切り結びで、両手がびりびりと痺れ、思わず声が出た。しっかり握りしめないと剣を落としてしまうと、血管が浮き出るまで力を込めなおした。


「くっ」

 先程までとは嘘のように、重い刃が何度もリュシェルの飾り剣とぶつかる。


 剣を交えた始め、振るっていたジェインの剣を、彼女の剣はこうなのだと都合よく思い込んでしまっていたようだ。いや、それだけ長く雑貨屋でいたということかと、カティアによって打ちのめされるリュシェルは、そう身に染みて理解した。


 雑貨屋のおかみは息も上がり、これ以上はもう耐えられなかった。だが、操られる体は自身の疲労をものともしない。あちこちが悲鳴を上げながら動いている。


 早くここから離脱させて、早く、という要望を声にできず、リュシェルの唇からは乱れた呼吸音だけが漏れていた。


「食いしばって」


 ふいに聞こえた賞金稼ぎの(バウンティハンター)声に、なに、と視線を向けた瞬間、飾り剣もろともリュシェルの身体は吹っ飛ばされた。


 ジェインの本気を少しだけ込めた一閃(いっせん)だった。

 リュシェルはごろごろと回転しながら建物の壁にその勢いのまま当たり、背を(したた)かに打ちつけてやっと止まった。


「げふっ、ごほっごほごほ、ごふっ、ごほっ」


 豪快に咳き込むが、手を口になど持っていけない。吐き出される(つば)(よだれ)とともに、朱が混じる。自分が横になっていることが分かったのは、先日のアシュリー同様に視界の中を動く人の向きでだった。


 今まで握っていた剣の刃は、当然のようにその身の半分しか無かった。手が震えて、握る柄を離したくても指一本動かない。これで、一旦ではあるが、ハルピュイア・クインの支配から逃れたこと、それだけが元冒険者のリュシェルにとって朗報だった。


「よくもよくもよくも。踊るがいい、この虫にも劣る奴らめが」


 怒りが煮え(たぎ)りおさまらないハルピュイア・クインが、地上を見ながらぎりぎりと、歯ぎしりと共に不満を口にしていた。


 怒りに我を忘れそうになりながらもクインは、必死に我が子の仇を取るべく策でも考えていたのか。


 だから気づかなかったのだろう。


 一点集中すれば周りが見えなくなりそれが弱点になり得るのだと、クインは先に考えることが出来なかった。

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