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第五十二話 苦い記憶

「!」

「本当ですか!」


 リュシェルは続けた。


「ああ、本当さ。若い時分、私は冒険者だった。色んな国を訪れていたが、その時会ったんだよ。完璧に擬態したシェイプシフターにね」


「完璧な? なら一体どうやって」


「見破ったかって? いや、私は見破ったんじゃない。あいつが私に成り代わろうとしたんだ」


 今回はジェインも漏れなく一同驚愕した。


「偉い学者の人生を乗っ取っていたそいつは、今度は強い肉体が欲しかったらしくてね。冒険者を(おび)き出すために遺跡調査への同行依頼を出したんだ。なかなか強い魔物が周りにいる遺跡のね」

 

 リュシェルのパーティは早速その依頼を受け、その学者と共に遺跡へ向かったという。


「私はその学者を守る役で、道中途中までは楽しかったよ。気の合う仲間に、学者のくせにユーモアのある依頼人。だが遺跡間近で次々に魔物の群れに襲われて、徐々にメンバーと離れ離れにされたんだ。」


 何かを思い出して、リュシェルの顔が苦痛に歪む。ぐっと噛みしめた唇が(ほど)けるのを、三人は黙って待っていた。


「とうとう学者と私の二人だけになり、なんとか遺跡に到着して、仲間を待っていた。そこで学者が疲労回復になるだろうと薬湯(やくとう)をくれたのさ。それを有難がって飲んだ私はすぐに意識を奪われた……なんだいその顔は。私だって昔は人を疑うことをしらない初心(うぶ)なところがあったんだよ」


 グレイとカーラントの視線にリュシェルは気を悪くしたようだ。ジェインだけは早く話を進めてほしくて無言を貫いた。


「気付いた時には体が痺れていたよ。すぐにヤツは私の目が覚めたのを知って、驚くどころか喜びやがった」

「気付く前の方が乗っ取りやすいのではないのか」


 至極真っ当な疑問がグレイの口から出た。カーラントも頷く。


「そう思うだろう? 実際私も間一髪、まだ何とか助かるんじゃないかと思ったさ」

 

 リュシェルは続けた。


「だがね、違ったんだよ。あいつは、新しい被害者に渡る前に、相手と話をしたいんだとよ。今からなり替わる自分と話す貴重なチャンスだと抜かしやがった」


 グレイとカーラントがうっと唸った。すぐに大きく息を吸い込むリュシェルの呼吸音だけが聞こえ、それ以外は静かな空間になる。


『そうそう、あいつらはどれもそんな感じなやつばっかりだったわね。胸糞悪い性格のやつばっかり』


 ダルそうにカティアが付け加える。


「自分たちが優位種であると思っているようで、べらべらと話しかけてきたよ。その時に勝手に話してくれたのさ。渡ったばかりで取り込むのは真っ先に脳であり、周りにバレずに渡る相手になり替わるには、すべての記憶を取り込

まなければならないから、とかね。だから一番先に脳を取り込むのだと」


 リュシェルの視線はグラインの腕に。


「全身が痺れていた私に、シェイプシフターは嬉々として話し続けた。海馬にある短期記憶と大脳辺縁にある長期記憶をしっかり取り込み記憶も知識も完璧にすることで、その人間に成り代われるのだと」


「それで、どうやって君は生還できたんだ?」


「それもまたシェイプシフターの誤算さ」


 リュシェルは言い切った。


「べらべらべらべら聞かれてもいないことをひとり悦に入りながら話している間に、私の体は自由を取り戻していった。実はこう見えて割と優秀な冒険者で、毒の耐性を身につけるのにも余念がなかったのさ。麻痺している時間は計算してあるって大層自分の能力に酔っていたやつだったけど、まさか私がガチで毒の耐性をつけていたなんて考えもしていなかったようだよ」


 毒の耐性は、弱めたとはいえ本物の毒を喰らうことでつけていく。命を狙われる可能性のある、例えば王族などではない場合、なかなかそこまでする冒険者はいない。


「もしかして、リュシェルさんって……」


 カーラントに目を細め、リュシェルの話は続く。


「なんとか体が動かせるようになり、ヤツがそろそろかと近寄るのをまって、ここぞと斬りかかった。だけどまだ痺れていたから、決定的な一撃ではなかった。ヤツは慌てて学者の背から飛び出して、私に覆いかぶさり、穴という穴から入り込み、乗っ取ろうとしたんだ。あっという間に灰か銀色っぽいもので視界が覆われて、私は意識を失いかけた」


 ごくんとカーラントの喉が鳴る。低く唸るのはグレイ。ジェインも美しく整った眉を寄せた。


「そこに仲間が駆けつけてくれて、まだ入り込んでいなかった本体の核を打ち砕いてくれた。あっという間にヤツはドロッとした粘着質からバシャりと水のように変わって動かなくなったよ」


「よ、良かったです。間に合って」


 昔の話なのに、カーラントが胸を撫で下ろすのを見てクスッとリュシェルは笑った。

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