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第四十四話 襲撃(6)

「じゃあ、俺たちは終わるまでここでじっとしていろってことか」

「まあ、そうです。言い方は悪いですが」


 ははは、と場が(なご)んだが、恐怖と隣り合わせだからか、奇妙に乾いた笑いだった。

 

「うん?」


 なんだあれ、と窓を指さす若い男。

 全員が、もちろんアシュリーも、彼を見た。カーテン越しに何か映ったのだと言われ、皆の視線が窓に注がれる。


 暫く見詰めたが、カーテンの向こうはなにも変わらなかった。


 その外にはジェインがいた。

 塀の上に立って街を見回し、()()()()がより多くいるところを見極めていたのだが、さて行くかと狙い定めた時、雲行きが変わった。


『あー、こっちに来てない?』


 今まであちらこちらで上がっていた砂煙や悲鳴が、なぜか一斉にこちらを目指してきているのだ。


 カティアに頷きつつ、ジェインは首を傾げた。


「向こうから来てくれるのは手間が省けて有難いけどさー。なんだろ」


 ジェインは両手を組んで頭の上に伸ばすと、右に左に倒して体のこりをほぐした。だが当たり前だが、数回程度じゃ足しにもならない。


「ねぇ、体、おっきくしてよ」

『はぁ? 今?』


 次に腕を片方ずつ回す。


「そう、今。さっきみたいにさ、砂巻き上げて小さな竜巻もどきやったら、周りに見えないんじゃないかな―と、思うんだよね」


 カティアからは暫く返事がなかった。


「この体さ、あんた小さくさせすぎなのよ。振り下ろす剣撃がいちいち軽すぎるんだ」


 それがいかに戦いにおいて無駄な力を使うのか、更には力の大半も持っていかれてるとすぐに疲れもすると、くどくどクレームをつけた。


 黙り込んでいた剣が、暫くしてジェインの頭に返事を降らせた。


『……分かったわよ。今日は犬も多いし、少しは発散もできるしね』

「取り消さないでよ」


 にやりと笑った顔は、小さな女神のように神々しかった。


 狼の遠吠えがあちらこちらで聞こえる。何かを伝えあっているかのように。

 青い狼がすぐに姿を現した。どうも四方から入ってきているようで、右に左に前方にと瞬く間に塀の外は狼でごった返した。多分に後ろからも来ているのだろう。


 門はそれぞれ閉ざされているが、青狼なら十分に飛び越えてしまうだろう。普通の狼より魔獣である青狼の方がはるかに高く飛ぶはずだ。


「じゃあ、やるから。あんたもやってよ」


 背中の(カティア)を引き抜きながら、ジェインは塀の下に群がる狼の中へ落ちていった。


 直後────狼たちが少しだけ光った。


 ジェインが下にいることを知らず、アシュリーは切った掌を握りしめていた。手当てどころではなく、ひとりではできず、ぎゅっと握り続ける。

 先ほどの女性が隣に来てくれた。


「とりあえず、手当てしておいた方がいいわ」

「ありがとうございます」


 素直にお礼を口にして、促されるまま切った掌を彼女に託した。


「少し血が出てるけど、これで大丈夫よ」


 くるくると包帯を巻く。その慣れた手つきにアシュリーは尋ねた。


「もしかしてお医者さまですか」


 女性は手を止めることなく答えた。にっこりと笑顔を向けて。


「あら、分かっちゃった? アルメール地区で診療所を開いているのよ」

「今日は隊士の皆の健康診断の日だったんだけど」


 いつの間にか二人の傍にはもうひとり、さっきの女性も座ってきた。ふたりとも同じ年代でアシュリーと医者の会話に口を挟んできたことからも、どうも連れのようだった。


「彼女と二人でやってる小さな診療所なのよ」


 緊迫したこの時間に、ふふっと柔らかな笑顔を見せる医者の彼女に、診療所の雰囲気を垣間見る。


「ここを出たらうちによるといいわ」


 アルメール地区はすぐそこだし、きちんとした処置をしましょうねと二人はアシュリーに微笑んだ。


バリン! 


と、大きな音をたてて窓ガラスが割れた。

 

 カーテン越しに窓ガラスに何か映った気がすると皆で見つめたが何もなく、誰もが気のせいだと目を逸らして、それはすぐのことだった。


「グルルルル…」


 割れたガラスは中に散り、黒っぽい塊が飛び込んできた。狼特有の唸り声をさせるその塊は、次第に獣の形をとり……部屋の中の人々は息を呑んだ。


「ぎゃーっ!!」

「ひぃっ」


 声を上げながら、だが一斉に狼から距離を取った。ソファに座っていたアシュリーら三人はその場でたじろいだ。


「その場を動かないで!」


 剣に手をかけ、青狼と人々の間に入った隊士が、皆を制止した。そして自分はじりじりと間合いを詰める。青い狼は飛び込んだ衝撃でか、頭がふらついているようで、隊士はそこを見逃さず素早く剣を振るった。


 一度目の攻撃でかなりの深手を負わすことに成功した隊士は、すぐに数回斬りつけて、最後に倒れた青狼の首を突き刺し息の根を止めた。


 はぁはぁと息を吐きながら、隊士は剣を引き抜いた。


 ガシャン!


 ほっとしたのも束の間、割れたガラスを更に突き破って次々と青狼が飛び込んでくるではないか。その場の全員が凍りついた。

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