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第四十話 襲撃(2)

 ちょうど店の裏手に面していた窓のおかげで、あの女が追いかけてくる前に逃げきることに成功した。窓ガラスを割る瞬間、衝撃の緩和と通り抜けられるサイズをクリアするために、身体の骨を幾つか外したのが功を奏したのだ。


 まだ外した全てをはめきれていないので、動きが操り人形のようにおかしいのは気にもならない些末なことだった。


「なぜばれた、なぜばれた」


 口から言葉が漏れる。

 先ほどやり合った雑貨屋のリュシェルへの問いだった。グラインの瞳が常ならざる色に支配されていた。シェイプシフターが動揺しているのか、自分が流れ出そうで制御が効かないだけか。


 裏通りを壁にぶつかり、よたつき、されどその割に移動する速さは人間として走るのと変わらなかった。体のあちこちがガキゴキと鳴って体が少しずつ人間に戻っていっても、痛感がないのか気にも留めていないように見えた。


「きゃあ!!!」


 ふいに女の甲高い悲鳴が耳を貫いた。あの女かと一瞬びくりとしたが、あんなめちゃくちゃな奴が悲鳴なんて出すはずがない。別の誰かと出会ってしまったのだろう。このぼろぼろの腕なしが怖いのかとその声の方へ視線をやった。


 グラインを乗っ取ったシェイプシフターは、そこで自身の運がまだ尽きていないことを知る。


 街が、体高様々な青い獣に襲われていたのだ。


────────


 カンカンカン!

 響き渡る鐘の音と共に飛び交う怒号。


 ジェインとカーラントはちょうど守護隊本部の建物に続く通路の角を曲がるところで、その理由を見ることになった。


 厩舎の向こうで起こる砂埃(すなぼこり)、何かがぶつかり合う音、隊士の叫ぶ声、獣の咆哮(ほうこう)、無数の足音……。


「君はさっきの小屋に戻って!」


 きっと鍵がかかっているはずの小屋の扉も、今なら隊長たちがすぐに開けてくれると踏んでか、カーラントがジェインに言った。


 いや、二人なら既にこちらへ駆けつけようと飛び出してきているだろうか。副隊長としてはただ事ではない状態に、早急に状況を把握しなければならず、何事か分からない内は子どもを守るためには安全な、いや、正直なところ邪魔だからどこぞに引っ込んでいてほしかった。


「!」


 本当のところを知ってか知らずか、カーラントの手を振り払ったジェインが走り出す。真っすぐに、埃煙(ほこりけむ)る場所へ真っすぐと。それを見たカーラントもまた走り出した。


「待つんだ!」


 ジェインにはそれを聞く気はない。


『たくさんいるわね』

「ああ」


 思わずにやける顔が不謹慎だと誰か咎めてくれる人が傍にいてくれれば、ジェインも常識が身に付くだろうに。一番近くにいるのは、これまた〝人が分からない〟非常識の塊だった。


「スタンピードか」

『にしては魔物の種類は少ないみたいよ』


 すぐに着いたそこは、中型から大型の青い狼の群れと隊士たちが戦闘を繰り広げているところだった。


「やった、いっぱいいる」


 狼の咆哮と隊士の怒号が飛び交って、ジェインの不適切な声はかき消された。喜んで戦闘に参加しようとした矢先、ぐいっと肩を掴まれた。


「何故来たんだ! 早く戻れ!」


 カーラントが真剣な表情でジェインを怒鳴った。


「行け! 怪我じゃすまないぞ!」


 ざっと周囲を見渡し、現状にますます顔を強張らせたカーラントが騒乱に大声で促す。二人がやり取りをしている間、狼は忖度(そんたく)などしない。青い群れは守護隊本部の敷地へ雪崩(なだ)れ込み続け、その内の数匹が二人を捕らえた。


 それに気づいてカーラントがジェインの前に立つ。


『あら、(まも)ってくれようとしてるみたいよ。紳士ね』


 カティアの声がくすくすと忍び笑いと共にジェインの頭に降る。


『良かったわね。久しぶりじゃない?』


 面白そうに話すカティアに唇の端を少しだけ上げて応え、ジェインは背中の黒い剣に手を伸ばした。


「俺の後ろにいろ! 離れるなよ!」


 その声を皮切りに、数匹の狼が一気に飛び掛かる。

 カーラントは自分の前に向かって飛び掛かってきた青い狼の着地を許さず、剣を(ひらめ)かせた。ザシュッという音と共に体液を巻き散らせながらそれは、守護隊副隊長に届く前に地に落ちた。


 次いで向かってきた狼の狙いは小さなジェインだった。

 回り込んで後ろにいるであろう少女を狙う。


『数えておくわね』

「自分で数える」


 いっつも間違えるくせに、という声を聞かなかったことにジェインは自分を狙ってきてくれた獣を丁重(ていちょう)に切り割いた。それは文字通りあっという間だった。


 振り向いたカーラントが剣を振りぬくよりも早く、カティアという名の剣は自身で狼たちの体を両断した。それは空気を震わす音よりも早いひと振り。


「なんだと?」


 カーラントの視界には信じがたい光景が映っていた。


『にー匹』

「一、二」


 タンッと片足で踏み込むと、物理的なものを無視して舞い上がる。

 扱う剣は大型の両手剣のはずなのに、まるで羽根でも持つかのように軽そうに片手で振り回す。


 カーラントの目が驚きに丸まるが、それも束の間。守護隊本部にとどまらず、街のあちこちから悲鳴が聞こえ、狼はどんどん流れ込んできていた。

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