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第三十六話 解剖室にて

 急な言葉に躊躇(ためら)いつつも、隊士は小さく会釈をしてくるりと回れ右をした。隊士の姿が本館へ続く通路の奥に消え、角を曲がるまで見送ってからカーラントは外扉を閉め鍵をかけた。


 小屋の中は二つほどの部屋があり、今回は解剖室へのノブを回す。少し重い扉が開き、二人はすぐに中に入った。


「これか」


 そのままグレイが木箱の前に立ち、ちらりともう一人、同じように箱の前に立つ男を見る。頷いてザイストはおもむろに箱の蓋に手を掛けた。ガコッと乾いた木の音がして、はめ込まれた蓋が外れる。


「ここから隣国(ルゼンティナ)へ向かう方面の峠で発見しました」


 覗いた箱の中には、斑に所々変色し、ぽつぽつと白いものが付着したあの(くさむら)から持ち帰ったものが入っていた。


 枯葉や泥に塗れて濃く変色した紅の平たい(かさ)のある物体。黒い糸状のものが網目に張り付いているように見えた。


「よし、全部出してくれ」


 カーラントは頷き、ザイストに目配せをした。ザイストがおもむろに箱の中に手を入れようとして、あ、と短い声を出す。なかなか出番のない解剖台には埃避けの布がかけたままだった。


 カーラントに箱を少し浮かせてもらい、布を引き抜く。布の下からは鈍い銀色の金属でできた台が姿を現した。その上に慎重に箱の中身を移していく。表面は少々かさついて見えたが、折り曲げられていた箇所が広げられると、そこには数えられない程の白い粒が蠢いていた。


 グレイの眉がピクリと動く。


「身元は分かりそうか?」

「所持していた物がまだ見つかっていないので、そこは難しいかもしれませんね」


 箱に入っていたそれは、なかなか綺麗に台の上に広げられた。多少の腕と足の曲がりが解消されていないのはたいして気に留めることでもなかった。


 何故なら。


「五体満足か」


 うつ伏せの形で寝かされた死体は、足の先から頭まで、何ひとつかけたところがなかった。背骨に沿って大きく開いた、黄泉への入り口のような昏い穴。その中にあったはずの内臓以外は、だが。


「まったく文献通りの被害者の傷だな」


 ザイストがあっと口を開けた。


「さすが隊長、もう分かったんですね」

「お前たちが緊急で呼び出した場所がこの小屋だったからな。重要案件の時しか使わないだろう?」

「それじゃあやっぱり、間違いないですか」


 カーラントがグレイを窺い見た。この街の守護隊最高責任者は、被害者の亡骸から目を背けることなく、唇を真一文字に引き結んだまま、ゆっくりと浅く数回頷いた。


 その目は大きく見開かれ、瞳の中には動揺が見てとれる。硬直した頬は白く、常に冷静で取り乱すことのない隊長の、こんな顔を見たことがあっただろうか。


 カーラントとザイストは二人してごくりと唾を飲み込む。


「それじゃあ」


 これが奴の仕業なら、時は一刻を争う。急いで策を講じなければならない。 

 だが、今後の相談をしようとしたザイストは、「しっ」と小さく、カーラントが自らの唇に当てる人差し指の仕草と共に制された。


 扉を見つめ、三人に緊張が走る。

 部屋の前に誰かがいる……?


 扉の一番近くにいたカーラントが音をたてずにノブに手をかける。三人は目配せをした。


 ガチャリ!


「うわっ」


 まさに今ノブに手をかけようとしていたような格好で、子供が転がり込んできた。本日二度め、カーラントがフード姿の小さな体を抱きとめる。


「いったた」


 抱きとめられたカーラントの腕を掴んで、子供は顔をあげた。


「君は」


 先ほどまでグレイと同じ部屋にいた少女が、カーラントの腕の中にすっぽり納まっていた。だがアシュリーに話を聞いていた時とは違い、少女はその人間離れした整った顔に笑みを浮かばせていた。


「あ、隊長さん見っけ」


 カーラントとザイストは二人とも同じような目でグレイを見た。


「この子、ご存じなんですか」

「ああ。先ほどまで同じ部屋にいたよ。昨日の魔獣の件で話を聞いていたお嬢さんの連れだ」


 言いながらグレイとザイストの二人は、ジェインの視界に峠の被害者が入らないように立ち位置を変えた。カーラントもまた、ジェインを抱え上げ、くるりと反転する。


「じゃあ、もしかして隊長についてきちゃったのかい?」


 悪戯っぽい笑顔でジェインに語りかけるカーラント。ジェインがにこりと微笑む。


「こっちの方が面白そうだったから。探検、探検」

『子供に退屈は厳禁よね~。好奇心は往々にしてとんでもないことしでかすもの。面白そうなことは何をおいてもやる呪いにかかってるんだから』


 くすくすとジェインの頭の中でカティアが笑う。


 子供であれば、許される。幼き探求心ゆえだと考えてくれる。

 ……そう勝手に。


 ジェインは屈託のない笑顔の花を咲かせた。天使すぎる天使の笑顔。不利な状況や追及を免れるにはこれに限る。


 裏のない瞳で隊長以下に愛嬌を振り撒きながら、見える範囲で部屋を確認した。

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