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【完結】センセイの恋のリハビリは君の初恋でした  作者: 伊藤あまね。
*4 いい奴のようで、いい奴じゃないのかもしれない彼
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*4-2

 住吉の煮え切らない言葉の意味がわからないと僕が眉間にしわを寄せていると、「おはよーございまーす」と、あの忌々しい声が後ろから聞こえた。

 振り返ると、案の定、着崩したブレザーとスラックス姿の浅間が涼し気な目許を細めてにこやかに立っていた。

 いまは3時間目で、遅刻としてもかなりの社長出勤だ。


「今ごろ登校か? 随分と遅いじゃないか」

「あ、こずえ先生。そうなんすよ。なかなかあいつが俺を離してくれなくて」


 僕の少し嫌味を含んだ言葉にも浅間はゆったりと、しかしとろけそうな笑顔でうなずいて、遅刻を悪びれる様子もない。

 いつになくだらしない表情をしている浅間の態度に、僕の苛立ちがふつふつと湧く。

 家庭の事情だと住吉は言っているが、実はこの歳にして密かに年上の恋人とやらと同棲していたりするんじゃないのか? だから離してくれないと緩んだ顔をするのだろう。

 ――なんてことを勝手にあれこれ考えてしまい、忌々しさでにらみ付けてしまうのは、自分が彼の前出てひどいフラれ方をした八つ当たりもあるのだろう。

 教師が生徒に感情的になってどうする。そう冷静に自分をなだめてはいるものの、彼には僕の見られたくない姿も、知られたくない秘密も知られているのだから、八つ当たりも嫌味も言いたくもなる。

 随分いいご身分だな、なんて更なる嫌味を口にしそうになったところで、住吉が間に入る。


「しかし浅間も大変だよなぁ、歳の離れた弟さんがいくらかわいくて懐かれているからって、世話のほとんどを請け負わなきゃだなんて」

「え? 弟? ……弟さんは、いくつなんだ?」

「2歳。一昨年生まれたんすけど、んもぅ、すっげぇかわいいんすよぉ」


 写真見ます? なんて言いながら浅間はブレザーの胸ポケットからスマホを取り出そうとして、「いまは授業中だぞ」と、住吉に軽く戒められ手を止める。


「弟さんの世話してて、遅刻してるのか? 親御さんは何してるんだ?」

「親もちゃんとやってますよ。でもうち食い物屋やってて忙しいから、俺が代わりにやることが多いんすよ。店の手伝いをする事もあるし」


 だからすっげー俺に懐いています、と言う浅間の表情は、昨日見せたような片頬をあげる意地悪な感じでは全くない甘いもので、そんな表情を浴びるように向けられているであろう彼の幼い弟が少し羨ましく思えた。


「店の手伝いを口実に深夜徘徊してないだろうな、浅間」

「してないっすよ。だって弟が待ってるから」


幼い弟に対して羨ましいなんて思ってしまうような僕の前で、浅間は住吉からいまの授業の科目を聞いたり、遅刻して受けられなかった授業の話をしたりしている。住吉と話をしている浅間の横顔は、軽薄そうに見える着崩した制服から受ける印象よりもはるかに真面目に見えた。通った鼻筋に特徴的な涼しげな目許、細い輪郭と微かに微笑みを湛えている大きな唇は、チャラいと思われる見た目そのものなのに。


「ああ、それと浅間。春日井先生がお前の音楽の出席率の心配してるぞ」


 家や店の手伝いもいいけれど、ちゃんと学生の本分の授業にも出ろよ、と住吉に促されるように言われた浅間は、僕の方を振り返りニヤリと片頬をあげて笑いかけてくる。昨日放課後に見せたあの表情で、それは僕しか見えていない。


(一瞬でもいいやつかもなんて感心した僕がバカだった! こいつはやっぱり見た目通りチャラくて油断ならない!)


 まるで挑発するかのような態度ににらみ返したいのを堪えられたのは、いまいる場所が職員室だからだ。

 しかしそれでも、何かこちらからもひとつやふたつ指導的なことを言ってやりたくもある。昨日のように一方的に主導権を握られるのではなく、教師として威厳を持って生徒である彼に接する必要がある。そうでないと、僕の秘密が簡単にバラされてしまうかもしれないのだから。

 一方の浅間は僕の胸中なんて知ってか知らずか、住吉の言葉に挑発的な笑みをたたえたまま軽く頭を下げてこう言った。


「すんません。次からはちゃんと出まーす」


 小さな子どものような言葉遣いに、苛立ちを煽られながらも、僕は平静を装って、大人の余裕をもって返す。


「次の授業も遅刻したら、2点減点じゃすまないからな、浅間君」


 はぁい、なんて微笑みながら返事をしてくる浅間を一瞥(いちべつ)して、僕は彼らに背を向けて職員室を出ていく。

 浅間からもの言いたげな視線を背中に受けながら、僕は振り払うようにして職員室の引き戸を閉め、辺りに誰を見渡して誰もいないのを確認し、溜め息交じりに呟く。


「ああ、やっぱりどうにかして校内くらいは見張っておかないと。絶対浅間は僕のことをバラすに決まってる!」


 そのためにはまず授業に出てもらって、なるべくならその他の時間も僕が行動を把握できるようにしたいのだけれど。

 すべての授業時間は無理であったとしても、せめて休み時間とか放課後とかに僕の目の届くところにいさせたい。そうしたら、吹聴する隙もないんじゃないだろうか?


「そのためにはどうするか、だな……」


 音楽室への階段を昇りながら、僕はひとり対策を練りつつ歩いて行った。





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