*3-1
結局あれから一日中浅間のことが気になってしまって、いつになく授業では失敗だらけだった。合唱のピアノの伴奏を弾き間違えたり、教科書や資料を間違えたり、果てには生徒の名前を呼び間違えて呆れられる始末だ。
「こずえちゃんがバグる事あるんだねー」
「バグるこずえちゃんかわいいー」
男にしか興味がない僕は、女子生徒からそう言われてもちっとも嬉しくないし、たぶん向こうも褒めている感じではないのだろう。童顔だから言われ慣れている「かわいい」だから、いちいち腹は立たないけれど、大人をからかっていいわけではないことは伝えておかないと。
「君たちの気持ちだけは受け取っておくよ」
「え、なに? 当然ってこと?」
忠告と謙遜を込めて返したつもりが、マイナスに捉えられ、かえって怒らせてしまった感じだ。
ここは謝るべきか? なんて考えている内に女子生徒たちはいなくなっていた。
(……また嫌われてしまったかもな……)
そう考えながら僕は、一人の生徒を校内内線で呼び出すための口を開く。
『2年C組、浅野君、浅野遥君。放課後、音楽準備室まで来るように』
校内内線を校内全域にかけるには、職員室か放送室からしか操作ができないのだけれど、職員室で内線を使うと周りに内容が聞かれてしまうので、ハードルが上がる。
でも、いまはそういう悠長なことを言っていられない事態なのだ。
「珍しいですね、春日井先生が生徒を呼び出すなんて。2-Cの浅間ですか?」
「あ、ええ、まあ……」
「浅間は遅刻魔ですからねえ。わかります」
僕が内線電話を置いた時、いきなり声をかけられて振り返ると、ベテランの教師がそんなことを言ってきた。
僕が何故浅間を呼び出すのかの理由を言うまでもなく、向こうが勝手に解釈してくれたので僕から特に説明することなくかわせた。
浅間はどうやら教師間で遅刻をよくする生徒として有名らしく、やはり見た目通りチャラいやつなんだろう。
それならばなおのこと、昨夜見られたことやそこから想定されること――僕がラブホで男ともめていたこと、そもそも男を恋愛対象としていること――を、口止めしないといけない。
(絶対、口止めしないと……僕の人生が詰んでしまう……)
とりあえず浅間を呼び出す手配はしたので、あとは放課後を待つのみだ。
放課後、ゆったりと西へ傾いていく陽が無人の音楽室に射し込むなか、僕は内心どきどきしながら浅間を待っていた。
呼び出しては見たものの、素直に浅間が応じてくれるかはわからない。実際、教師からの呼び出しを、平然と無視するような生徒もいると言うから、あのチャラい感じからして浅間もそういう類かもしれない。
そうなってしまったら、もう口止めのしようがないのだろうか――そう、ひやりとしたものをお腹の辺りに感じて立ちすくんでいると、がらりと音楽室の引き戸が開いた。