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「ねえ、こずえ先生って付き合ってる人とかいるの?」
「あ、それあたしも知りたーい」
合唱部の指導を終えて片付けをしていると、部員の女子生徒たちから突然質問を投げられ、僕は手を停める。
生徒たちは好奇心と期待に満ちた目で僕を見つめ、僕の答えを待ち受けている。
「なんでそう言うこと訊くのかな?」
「えー、だってさぁ、先生、左手に指輪してるんだもん。ねえ?」
「そうそう。あと、毎日お弁当作ってもらってるってみんな言ってるし」
生徒たちの鋭い観察眼に驚きと呆れを込めて溜め息をつき、「僕が作ったとは思わないの?」と悪あがきのように訊き返しても、彼女たちはくすくす笑って首を横に振る。
「だって先生生活感ないもん」
「それなのに手作り弁当だし、指輪もしてるってなったらさぁ……」
顔を見合わせて探りを入れてくる彼女たちにどう答えようかと考えあぐねていると、音楽室の入り口の引き戸が開いた。
「こら、もう下校時刻過ぎてるよ。早く帰りなさい」
入り口に佇む背の高い、若い涼しげな目元の男の教師の言葉に女子生徒二人は不満げな声をあげつつもうなずき、「じゃあね、こずえ先生!」と言って手を振って音楽室を出ていく。
二人に手を振り返し送り出しているのを、若い彼も見守っていて、やがて二人の姿が見えなくなると目許を細め糸目にして笑いかけてくる。
「ずいぶん丸くなったねぇ、こずえ先生も。俺らの頃はあんなにお堅かったのに」
「僕が歳を取ったとでも言いたいの?」
僕が軽くムッとしながら言うと、「そうかも」といたずらっぽく笑いながらも彼は僕の方に歩み寄り、自然な仕草で僕を抱き寄せ腕に納める。
「浅間先生、ここは校内だよ」
「いいじゃない、もう誰もいないよ」
そう言いながら、浅間は生徒だった頃の懐っこさのまま僕を抱き寄せ襟足に口付けて笑う。
「どうした?」
「んー……大人って自由だなぁって思って。見られてないなら、好きな人に好きなだけ触れられるんだもの」
まるでいまが何でも許されているかのような口ぶりに僕が顔をあげ、軽くにらみ付けながら言い返す。
「そうは言うけど、ここはあくまで学校で……ン」
言い返す言葉が終わらない内に浅間から塞がれてしまい、たちまちにとろかされていく。身長差があるせいだけでない、浅間と僕の間にある違いが、たちまちにふたりの立場をあいまいにしていく。
長く食むような口付けを交わしたのち、乱れた呼吸を整えながら見つめ合いながら、浅間はイタズラっぽく笑ってこう囁く。
「じゃあ、続きは家に帰ってからにしようね、梢さん。我慢できる?」
囁かれた言葉に僕が耳の端まで赤く染めながら小さくうなずくと、浅間は嬉しそうに目を細めてもう一度キスをしてくる。
「……遥がシチュー作ってくれるなら、我慢できる」
顔を背けながら呟いたぼくの声に、「いい子だね、梢さん」と言いながら、浅間がその耳元の口付ける。その甘さに僕は声をあげそうになってしまう。
「遥ッ! いい加減に……」
「ごめんごめん。だって早く一緒に帰りたくって」
くすくすと笑う浅間の顔を見ていると僕まで笑ってしまい、そうしてまた口付けをしてしまう。
日暮れていくあの頃と変わらない音楽室で、僕らは互いの初恋の相手と永遠を誓うようなキスをした。
(終)