*11-1
浅間が『ねがいのおほしさま』をつっかえずに弾けるようになってきたのは、十二月の中旬ごろで、受験学年は追い込みに、そうでない学年は年末年始に目白押しなイベントに浮足立つ頃あいだった。
「奏多が最近サンタを覚えてきたから、今年はコスプレしてサンタやろうかなって思ってるんだ」
レッスンを終えて帰り支度をしていた浅間が、不意にそう言いだしたので何の気なしに顔を向けると、相変わらず弟のことになるととろけそうな顔をしている。
「何かプレゼントでもするのか?」
「一応ね。この前、店の手伝い頑張ったら小遣いいっぱいくれたから、それでおもちゃ買ってやるんだ」
手許から顔をあげてそんな健気なことを言う彼の姿は、やはり相変わらずチャラそうな跳ねた髪に涼しげな目元の整った顔立ちで、先ほどまでたどたどしく譜面をなぞっていた指先は、スマホをすいすいといじっている。
器ばかりが大人の姿をしている彼ことを、彼自身も自覚しているのか、クラスメイトの輪の中ではあくまでクールなキャラを演じているのも、変わらぬ姿から派生するイメージを裏切らないためなんだろうか。
(そんなカッコつけるような真似をしなくても、弟想いで真面目な君は充分にカッコいいんじゃないのか?)
その一言を口にするのは簡単だけれど、そう発したあと、浅間がどんな期待をもってこちらを見てくるのかが容易に想像できるので、僕はただ黙って彼の話を聞き流す。
「こずえ先生はクリスマスとか正月とかどうすんの? 実家帰ったりするの?」
「教師のプライベートを知ってどうするんだ」
「ただの好奇心だよ」
「僕のプライベートは、君の好奇心を満たすツールじゃない」
「好きな人がどうやって過ごしてるのか知りたいもんじゃない?」
浅間と知り合った当初なら、彼から“好きな人の~”と言われれば条件反射的に「そんなこと言っても僕は教師で、君は生徒だ」とか何とか言って突っぱねていた。応える義理も義務もないと思っていたから。
だけど、ここ最近、やみくもに突っぱねることにためらいを覚えるようになっている。応える義理や義務はないのはわかっているのに、だからと言って彼の好奇心とやらを無下にしていいのか、なんて思ってしまう自分もいる。
だから浅間の重ねられる言葉にすぐに切り返せず、口ごもってしまう。
「……そんなことを言って、自宅に押しかけられてもたまらないからな」
「あ、そういう手もあったか。ねえねえ、先生24日とか暇じゃない?」
「たとえ暇でも、個別に生徒に会う時間はない!」
余計なことを自ら言ってしまったらしいことに気づかされ、慌てて突っぱねてはみたものの、一度隙を見せてしまったのであまり効果がない。
浅間は僕が自宅に来るなと言ってしまったのを逆手に取り、「じゃあ、家じゃないとこでなら会える?」なんて訊いてくる。
「だから、どこであろうと、生徒と個別に会うことは出来ないと、何度言ったら……」
「じゃあ、学校なら?」
「……え?」
「学校の、音楽室とかならいいんでしょ? いままでもそうだったしさ」
「それ、は……」
校内であれば、他の教師や生徒の目があるのが前提になるので、妙なことは起きにくいかもしれない。でも、それは絶対ではないし、何より周りが信じてくれるかどうかがわからない。
いまはこうして補習の体で放課後にレッスンをしているが、それだってずっと許される話ではないだろう。
それでもなお、浅間は僕とここで個別に逢って、特別な時間を過ごしたいというのだろうか。
「ねえ、こずえ先生。ここでコーヒーとかジュース飲むだけ。それだけでいいからさ」
「本当に、それだけいいと言うのか?」
「だって先生は、俺が生徒の内はどんなに好きって言っても、応えてくれないんでしょ? でも俺は先生とクリスマスっぽいことしたいから、せめて、一緒になんか食べたり飲んだりしたい。それくらいならいいでしょ?」
校内で、ただ二人で逢ってお茶をするだけでいい。それだけで本当に彼の心を満足するんだろうか。
触れたいとか、万が一にも押し倒されたりしないだろうか、と考えあぐねていてふと浅間のピアノの鍵盤の上に置かれた指先を見ていると、それが微かに震えているのが見えた。
普段、あんなに僕のことを好きだのなんだの言ってくるくせに……ただ二人きりで逢いたいと誘うだけで震えるほど緊張しているなんて。




