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【完結】センセイの恋のリハビリは君の初恋でした  作者: 伊藤あまね。
*10 向けられる感情のきらめき
20/35

*10-2

 住吉との一件、とも言えないほどのことがあったからではないけれど、職員室が何となく居心地が悪かったので、授業準備と称して音楽準備室に向かう。

 職員室のある管理棟の4階の南端にあるのが音楽室で、中庭を挟んで各学年の教室がある教室等があるきりなので、無駄に陽当たりがいい。そのせいか、冬に近い今でも昼間は暖房が要らないくらいだ。

 だからなのか、最近浅間が弁当を持参して音楽室に入り浸っている。「もっとピアノの練習をしたいから。自主練」建前はそういう口実なのだけれど、実際のところ隙あらば僕を口説こうとしてくる。


「あ、こずえ先生~。どこ行ってたんだよ。俺腹減っちゃったよ」

「べつにここで待っていなくとも、他で食べればいいだろうに」

「そうじゃなくってさぁ、一緒に食べようよ。今日はね、鮭のおにぎりなんだ」


 追い払おうとする僕の言葉なんて意にも介さず、浅間は準備室にごく当たり前のように一緒に入ってくる。

 使っていないパイプ椅子を引っ張り出して座り、早速持参した弁当を広げる。先程の宣言通り弁当はおにぎりが6つに卵焼き、肉団子、ほうれん草のごま和えにプチトマトやキュウリが並ぶ。彩りも良く美味しそうに見える。


「へえ、美味しそうだな」

「でしょう? 俺5時に起きて作ったんだ」

「え? 作った? 君がか?」


 眺めていた弁当から思わず顔をあげて僕が問うと、浅間は当然だと言うように、しかし得意げな顔でうなずく。


「だって俺、奏多の面倒見てたって言ったじゃん。だから家のことは結構できるんだよね。奏多のメシだって作れるよ」

「普通のご飯じゃないのか?」

「幼児食っていって、味が大人のより薄めだったり食材が小さかったりするんだよ」

「へぇ……」


 一見チャラそうでクールな外見の割に、真面目でひたむきな性格のギャップは普段から感じてはいたが、まさか家事も育児もこなせる高校生だとは思ってもいなかった。しかも、小さい子ども用の食事も作れるなんてそうそういないんじゃないか?


「あ、いま意外だなって思ったでしょ? こいつチャラそうなのに、って」

「や、えっと……」


 胸中を見透かされた気がしてバツが悪くなったのだが、浅間は気を悪くした様子はない。あの糸目になる顔で笑いつつも、少しだけ寂しそうな顔をする。


「俺が前チャラかったのは事実だし、格好も結局まだそんな感じだからそう思われても仕方ないよ」

「でも、ちゃんと弟さんの面倒は見ていたじゃないか。遅刻するくらいに」

「まあね。だけど、そんなの嘘くさいって全く信じてくれない先生もいるし、親が悪いって親のこと悪く言ってくる先生もいるからさ。仕方ないよ」


 僕自身も、浅間の事情の真相を知るまでは児相案件じゃないかと思っていた。ヤングケアラーなんじゃないか、とも。そういう事情を抱えているから、チャラい格好をしているんじゃないかとさえ思っていたのは否定できない。

 だけど、それを隠しもせず本人にぶつけていいわけではないだろう。そんなことを大人である教師がしていいわけではない。ましてや、真実を疑うなんて。

 僕は、ひとりの大人としてなんと彼に言えばいいのか考えあぐねていると、浅間はそれまで寂しそうにしていた表情をパッと晴れさせて笑う。


「でもさ、こずえ先生が俺なんかのためにいろいろやってくれてるの、すっげー嬉しい」

「僕が? べつに、僕は何も……教師として当然のことをしているだけだ」

「先生って忙しんだろ? 部活とかあってさ。それなのに俺のために時間つくってくれてるって最近気づいて……じゃあ、俺もちゃんとしなきゃなって思えて」

「だから、最近授業にちゃんと出るようになったのか?」


まあ、奏多が保育園に入ったタイミングでもあったんだけど、と浅間は言い、それから静かで涼しげな眼で僕の方を見つめながら呟くように言った。


「たとえ、こずえ先生が俺と付き合う気がまだなくても、こうして弁当食ってくれたり、ピアノ教えてくれるんだったら、それもいいかなって思ってるんだ」


 まっすぐな眼差しが微笑みをたたえてそう告げてくるのが、僕には眩しすぎる。あまりに僕のことを一心に想い過ぎているのがわかり、怖くなってくるほどだ。

 これが、初恋の持つ勢いやパワーなんだろうか。きらきらしていて曇りのない感情。それを真っすぐに向けられているのが僕だなんて。

 一種の名誉や誇らしさを感じながら、僕もまた浅間の目を見て小さく笑った。




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