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【完結】センセイの恋のリハビリは君の初恋でした  作者: 伊藤あまね。
*10 向けられる感情のきらめき
19/35

*10-1

「合唱部、春日井先生のお陰で銀賞獲ったんですって? すごいじゃないですかー」


 新人戦的なコンクールが終わった翌々日、浅間の担任の住吉から声をかけられた。

 コンクールは銀賞に輝き、弱小な部が始まって以来の快挙だと部員たちはもちろん、顧問の貴船も泣いて喜ぶほどの騒ぎだった。

 今朝の朝礼で、全校生徒の前で報告されたのもあって、やたらと同僚の教師から声をかけられる。僕は特に指導らしい指導をする立場にないのだけれど、どうやら貴船が「春日井先生のアドバイス通りにやったら、上手くいった」というようなことを言っているらしい。

 住吉の言葉に僕は曖昧に笑って礼を言うものの、「いや、僕は特に何も」と答える。


「さすが音楽の先生のアドバイスは的を射るものだ、って貴船先生も言ってますよ。顧問代わってもらおうかな、って」

「いや、僕が顧問になっても生徒たちのモチベーションが上がりませんよ」


 そうですかねぇ、なんて住吉は呑気な声を出しているけれど、実際、僕が合唱部の指導をしたところで、生徒たちがついてきてくれる気がしない。お堅いこずえちゃんで通っている僕の話なんて、説教としか思われないだろう。

 そこまでを住吉に言う必要はないので口をつぐんでいたが、住吉はなおも言葉を続ける。


「合唱部に限らず、先生の補習のお陰で浅間も最近遅刻が減ってるんですよ。先生の授業も出席率上がってません?」

「ああ、まあ、そうですね……」


 住吉の言葉を聞きながら出席簿のチェックを思い返すと、確かに最近の浅間は始業のチャイムが鳴る頃には教室に来ている。やはり弟を保育園に入れられたことが大きいのだろう。


「弟が保育園に入ったとか何とか言ってましたから、そのせいじゃないですかね」

「ああ、そうなんですか。ずいぶん春日井先生に懐いてるようですね、浅間は」


 懐いているというよりも一方的に好意を向けられているんだが……とは言えず、「そうでもないです」と、苦笑し、次の授業で使う予定の教材を映し出した画面に目を戻す。

 放課後に補習を行い、そのついでに始めたピアノレッスンの方が、最近はメインになりつつある。

 平日の僕の時間がある日なので週に二回ほど、三十分から小一時間くらい課題曲にしている『ねがいのおほしさま』の弾き方を中心に教えている。

 浅間は、手は大きく鍵盤を捕えやすいのだが、やはり運指に苦戦しているので右手で滑らかにメロディが弾けるようになるまで一カ月以上かかった。


(それでももう、最近ではゆっくりとなら両手でも弾けるようになってきたんだよな)


 そのひたむきな姿勢は、普段の授業時間でも見られるようになり、あんなに遅刻ばかりしていたのが嘘のように毎回真面目に授業を受けている。

 それは音楽の授業に限らないようで、だから住吉もこうして僕の影響で浅間が変わったというのだろう。


「年度初めの頃は、留年も視野に入れるか、なんて学年で言ってたんですけどね、こうも変わるなんてねぇ。春日井先生の指導力はすごい」


 まるで自分の受け持ちじゃないみたいな住吉の他人事の口ぶりに、軽く苛立ってしまうのは、ただ僕に浅間のフォローを押し付けられただけでなく、自分たちの指導不足を棚に上げ、彼のことを落ちこぼれと決めつける先入観に苛立っていたからだ。


「僕は本当に何もしていません。合唱部のことにしても、浅間のことにしても、一言二言は口を出しましたが、それが金言だったなんて思っていません。生徒たちはもともと持っていた力を発揮させたに過ぎないんじゃないかと思いますよ」


 住吉の呑気な言葉に苛立っていたとはいえ、ムッとしたままの顔を隠さずに、しかも先輩教師に口答えするようなことを言ってしまったのは得策ではなかった。

 一応僕のことを褒められてはいたのだから、適当に礼を言って流せばよかったのに、何故か、食って掛かるようなことをしてしまった。

 だけどどうしても、住吉やそのほかの教師の言動には、浅間を見下す感情が透けて見えていて我慢ならなかったのだ。

 まさか言い返してくると思っていなかったのか、住吉はぽかんとした顔をしていたが、やがて軽く気分を害したように顔をしかめ、「ああ、そうですか」と言って自分の仕事に戻っていった。

 妙に気まずい空気が僕と住吉の間に漂っていたが、じきに住吉の許に授業の質問に来た生徒が来たことであやふやになり、そのまま放課後まで彼と話をすることはなかった。



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