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*9-1

 副顧問ではあるけれど、一応部活を担当していることもあって、時々生徒の練習を見て欲しいと言われることもある。


「この曲は混声三部合唱がポイントなんで、もっとそれぞれの声をよく聴いて、バランスよく声を出した方がいいんじゃないかと」


 来月の初旬に、運動部で言うなら新人戦にあたる、1年生と2年生のみの編成で小さなコンクールに出場することになっていて、その大詰めの練習を見て欲しいと言われたのだ。

 顧問を受け持つ貴船(きふね)は国語の教師で、音楽教師ではないけれど、中高と合唱の名門校の合唱部出身だということで、彼女は割と楽し気に指導をしているらしい。

 ただ、仕上げの部分になると不安になるというので、こうして本番直前になると練習に呼ばれることがある。

 普段の僕は生徒たちから、「お堅いこずえちゃん」だとか、「融通が利かなくて怖い」だとか、こそこそ言われているような教師なので、どんなダメ出しが出るのかと、場の雰囲気が緊張して(よど)んでいるのがわかる。

 実際、僕は解決すべき問題をオブラートに包んで、自分をやさしく見える方を優先させるような打算的なことは出来ないので、結局きついことを毎回言ってしまい、うっとうしがられるのも無理はないのだろうけれど。


「なるほどー……。他にここはこうした方が良いなぁ、とかあります? それか、ここが良かった! とか」


 貴船は僕の方を振り返りながら訊ねてくるが、その後ろに並ぶ生徒たちはあからさまではないけれども、早く僕の指導を終えて欲しそうにしている。合唱の指導のついでに、生活指導や、制服の指導まで始まるんじゃないかと思われているのだろう。

 普段ならその空気に圧されるように口を塞がれ、「ないです」と言って終わりにするのだけれど、今日はもう一言添えたい気分だった。


「そうだなぁ……人数の関係だろうけれど男声がもう少し出たら、より曲の土台がしっかりする気がするな」


 合唱部の男子部員は希少で、うちの学校でも10人もいない。その少数に話の矛先が向いたので当人たちはさすがにあからさまに、俺らのせいかよ、と言いたげな顔をする。

 普段なら、そんな相手の気分を悪くするような言葉だけを言い置いて出て行くところなのだけれど、今日はそこで終わらなかった。


「人数が少ないけれど、ひとりひとりはよく出ていると思うので、本番はそれを120パーセントにできるようにしたらいいんじゃないかと。男子に限らず、全体的に。あと、歌の世界観がよく表現できていると思うから、このままで行けば大丈夫かと」


 合唱の出来栄えを、はっきりとわかりやすく良いように評価したことがいままでほとんどなかったせいか、大丈夫、と発してすぐに部員も貴船も言葉を把握できないようにポカンとしている。


「それは、いまの状態は悪くないということですか?」


 恐る恐ると言った感じで、指揮を担当していた女子生徒が手を挙げて訊ねてきたので、うなずいて答えると、一同はどよめくのを通り越した歓声のような声をあげて驚いていた。


「こずえちゃんが褒めた!!」

「いや、こういうのはデレたって言うんじゃない?」

「え、これってイケるってことじゃない?」


 まるで優勝が決まったかのような騒ぎぶりに、僕の方がたじろいでしまったのだけれど、普段見慣れない僕の言葉での喜ぶ姿に、頬が緩みそうになる。

 顧問の貴船としては、僕の一言がプラスに効いて、生徒たちのモチベーションが上がったことでホッとしたらしく、こちらの方があからさまににこにことして安堵している。「春日井先生ありがとうございますぅ」なんて、露骨すぎやしないか?

 そうは言いつつも、自分の言動で誰かが喜んでくれるなら、こちらも嬉しいので悪い気はしない。

 「じゃあ、本番頑張って」と言って指導を切り上げて体育館を出ていくと、はっぱをかける貴船の声とそれに対する元気のいい返事が聞こえ、やがてまたピアノの伴奏と唄声が流れ始めた。その歌声は、心なしかさっき聞いたものよりものびのびしているようだった。


(たったあれだけの言葉でこんなに変わるのか……すごいな、生徒たちって)


 そう考えていると、ふと、先月から放課後にピアノレッスンをしている浅間の姿が思い浮かんだ。

 補習内容が原稿の授業に追いついたので、補習はひとまず止めにして、先週あたりからピアノだけを習いに浅間は音楽室に通っている。

 合唱部の練習は基本体育館なので、音楽室で両者が、あの浅間からピアノレッスンをせがまれた日のように、鉢合わせすることは滅多にない。



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