6、ルーチェの努力とサンティエの勇気
その日、ルーチェは学校から帰って来てすぐにサンティエの部屋を訪れた。
「どうして、私は炎系魔法使いなのよ!
パパは小物限定の物質移動、ママは夢占い師。
炎は関係ないじゃない!」
「魔力の系統は必ずしも親遺伝じゃないからね。僕の水系魔法も祖父譲りだ。親族誰も持ってない系統であることは珍しくないよ。
それより、僕のベッドに寝ないでくれ」
サンティエはクイッと丸メガネを上げた。
無造作にめくれたルーチェのスカートから膝上が見える。
慌ててサンティエは視点を変えた、部屋の中央に置いたテーブルのポットを持ち、カップにお茶を注ぐ。
「私は魔法の森保護管理員になりたいの!
保護管理員になって、調査が進んでいない場所の魔獣や魔法植物の実態を知りたいの。
あんな不思議で素敵な場所は無いわ……。
私は森を傷付けるつもりで、火の魔法を使わないわ」
ルーチェは勝手にサンティエの部屋のクッションを抱き締め、天井を見上げた。
甘い花の香りが部屋中に漂う。
「じゃあ、炎魔法の使い方を研究したらどうかな? 森の保護管理に使える方法を身につけるんだ。
あと、魔法以外に何が必要か調べて、それを上達させる」
サンティエは本棚から冊子を取り出す。
「去年の魔法の森保護管理員の募集資格が書かれている。
どこにも、炎系雷系は不可なんて書いてない」
ルーチェも出されたページを読む。
頬が紅く染まり、口角が上がる。
「本当だ! 炎系はなれないって書いてない!
審査方法に魔法技術披露があるわ。ここで私の魔法が保護管理に活かせることをアピールすれば良いのね!
魔法以外は、体力テスト。これはトップ目指そう。あと筆記試験も頑張る! サンティエ、手伝ってね!」
サンティエもニコッと笑う。
「ママがこの間仕入れてきたシルバーローズティー飲む?
今度イチオシ商品として売り出すんだって」
「もちろん! 凄く良い香りね!」
ルーチェはベッドから下りて椅子に座った。
灰色がかったお湯に、真珠のように光る花びらが浮かんでいる。
「美味しいわ」
「僕も大人になったら、パパやママみたいに、世界中の美味しい飲み物を探しに行きたいんだ」
「サンティエならどこへだって行けるわよ!」
2人は笑いながらお茶を楽しんだ。
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ルーチェは黙々と保護管理員になる為の準備をした。
魔法技術を磨き、スポーツで身体を鍛え、魔法の森関連の知識を蓄えた。サンティエも魔法コントロール訓練や筆記試験対策を手伝った。
受験出来る年齢になり、ルーチェは毎年採用試験に挑戦した。1回目2回目は筆記試験と魔法技術審査で落ちた。しかし彼女は諦めず、魔法大学に進学し、訓練を続けた。
4回目の採用試験で、ルーチェは自分の炎が葉っぱに触れても焦げてないことを見せ、自分のコントロール力をアピールした。
「私は、従来の魔法ランプよりも何倍も明るい炎ランプを提供することが出来ます。水や食物を熱消毒出来るので、長期の森調査活動に重宝するでしょう」
審査員達は食い付くように彼女の炎を見ていた。
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「おめでとう! ルーチェ!」
サンティエ、タンドレス夫妻、アルカンシエル夫妻は、ルーチェに向けて拍手する。
届いたばかりのベージュジャケットを羽織ったルーチェは満面の笑みで言った。
「皆、ありがとう。私、頑張るね」
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家族間だけの小さなお祝いパーティがお開きになり、タンドレス家は隣の自宅に戻る。
片付けを済ませたルーチェは、心が落ち着かないので外に出た。
「ルーチェ、どうしたんだ?」
サンティエも自宅から出てきた。
「ちょっと外の空気が吸いたくて」
「僕も」
2人は人が少ない夜の町を歩いた。
建物からのほのかな明かりも少しずつ減っていく。
「おめでとう、ルーチェ。
本当によく頑張ったね、凄いよ」
「ありがとう。でもサンティエのおかげよ。サンティエの協力が無かったら、保護管理員になれなかったわ」
「君の努力と実力の結果だよ」サンティエは微笑んだ。
「サンティエは町を出て就職しないのよね。
軍や魔法管理局からスカウトされているって聞いたけど」
「やっと自由に好きなことが出来るんだ。
来週からは1か月程旅に出るよ。どうしても手に入れたい品種がある。成功したらカフェをこの町で始めるんだ」
ルーチェも目を細める。真面目な印象の彼だが、好きなことを話す時は、眼鏡の奥の瞳がとても輝いている。
ルーチェはそれが好きだった。
「帰る場所はこの町でありたいんだ。
パパとママがいるからだけじゃない。
ずっとこれからも居てくれる人がいるから……。」
サンティエは歩みを止めた。
ほんの少し猫背の彼がルーチェを見つめる。
「その人の為に、旅をしても帰る場所はこの町にしたいの?
それって、誰? どんな人?」
ルーチェはニヤニヤ笑いながら、上目遣いで彼を見る。
サンティエの頬は赤くなる。しかし月夜の明るさでは、ルーチェには見えない。
「夢に向かって真っ直ぐで一生懸命で……」
サンティエは次の言葉を出す前に、少し息を止めた。
「僕の目の前……」
「分かった! レムーヴね!」
ルーチェがパンっと手を叩いた。
「え?」サンティエの眼鏡が斜めにズレる。
「分かるー! サンティエとお似合い!
魔法医師免許を最年少で取得した町一番の才女!
子どもの頃からの夢をトントントンと叶えちゃったよね。
真っ直ぐどころか、何度も受験に落ちてる私と大違い!
魔法学校の成績発表じゃ、いつもサンティエの隣だったし。美人だし。納得だわ」
ルーチェはペラペラと喋る。
サンティエの言葉は行き場を失った。
「あ、でもレムーヴは半年後には首都の病院で働くそうよ。
その頃にはちゃんと気持ちを伝えて、ついて行って……。
サンティエ?!」
気付くとサンティエはかなりの距離を歩いていた。
「もう?! どうしたの?」
「何でもないよ!」サンティエは眼鏡の位置を直した。




