57、それぞれの想いの先で☆
国際警察とルーチェ達を魔法の森入口まで運んだ後、ジルはリーダーと一緒に車庫へ車を戻しに行った。
「さっきから溜息ばかりついてるな」
助手席に座るリーダーが言った。
「え、そうッスか?」ジルは慌てて背筋を伸ばす。
リーダーが意味有りげな視線を送っている。
「あんなの見せられちゃったら、諦めるしかないッスよね〜」
「そんなこと言わずに、たまには砕けるつもりでぶつかってみろよ」
「お断りッスね! 俺は好きな人の幸せを静かに見守りますよ。これ以上先輩は苦労する姿は見たくないッス」
ジルは無理矢理笑顔を作りながら言った。
「ま、今度美味い飯と酒をご馳走してやるよ……」
リーダーは言った。
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基地に戻ったグリージョは将校用宿舎の、自分の部屋がある階の、もう1階上へ向かった。
「イゾラ中将、ファロです」
「どうぞ」
グリージョの部屋より更に広い居室のデスクに、トルメンタは座って事務作業をしていた。
「ルーチェ・アルカンシェルとサンティエ・タンドレス、2名のエテルネル人返還が完了いたしました。エテルネル側で国際警察が2人を保護したのを視認しました」
グリージョは手をピシリと身体の両側につけて言った。
「こちらにも国際警察から保護完了の速報が入ったわ。国際警察が間に入る以上、エテルネル政府もあの2人に余計なことはしないでしょう」
トルメンタは言った。
白いブラウス1枚と紅色の軍服ズボンを履いている。傍のコート掛けには、中将用の軍コートを掛けてある。緩くウェーブしたミルクチョコレート色の髪を無造作に垂らした、本来のイゾラ中将の姿だった。
「ひとまずは終了ですが、今回の件でヴィータはエテルネルに多くの借りを作ってしまいました。
後々の外交や軍事に影響が出ないように、これからも一層注意しなくてはなりません」
「はい……」グリージョは唇をギュッと閉ざす。
「ですが、エテルネル側に魔法の森の合同管理を提案出来たことは大きいです。ヴィータから歩み寄りの姿勢を見せることで、エテルネルや諸外国に、我が国の余裕を示すことが出来たでしょう」
そう言いながら彼女は椅子から立ち上がる。
「ルーチェのことは、もういいの?」
トルメンタはグリージョに近付いていく。
「ああ、気持ちの整理はついたよ」
「それじゃあ『初恋の人にそっくりな女性が突然現れたから』という理由で延期していた、私からの婚約申出についての回答は、間もなくもらえるのかしら?」
トルメンタが笑みを浮かべ、グリージョを見上げる。
「ああ、そうだな」
グリージョは照れくさそうに頭を掻いた。
腕を引っ張られ、グリージョはトルメンタに身を傾けた。
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小さな町を、朝日が穏やかに照らしていく。澄んだ青空の中を小鳥達がさえずりながら飛んでいく。
カフェ・タンドレスは本日、貸切朝営業をしていた。
カウンターの向こうでシルバーローズ刺繍入りエプロンを着たサンティエが、朝食の支度をしている。パンの香ばしい香りや清々しいブルーシルバーローズティーの香りが辺りを包んでいく。
ベージュ色のジャケットを着たルーチェはいつものカウンター席でウキウキしながら待っていた。帽子はカウンターテーブルに置いている。
「はい、サンティエスペシャルモーニングプレートです!」
ホカホカの卵やハムマフィンが乗った皿を2つ、サンティエはカウンターに並べた。ルーチェとサンティエはカウンター席に並んでガツガツ食べる。
「うーん! サンティエのご飯はやっぱり美味しい!」
ルーチェは頬に手をやりながら言った。
「ほんと。自分で作ったやつだけど美味しい」
サンティエもニコニコしながら言った。
「今日から仕事復帰で、ヴィータとの打合せもあるんだろ。
無理するなよ」
「ありがとう。サンティエの朝ご飯を食べたから大丈夫よ」
サンティエは穏やかに微笑んだ。「おかわり、飲む?」と尋ね、カウンター反対側へ行った。
サンティエが背を向けている隙にルーチェはこっそり溜息をついた。
サンティエは自分を家族同然と考えてくれているのだ。だから、助けに来てくれたし、今日も心配して朝食を用意してくれた。サンティエにとって、自分はいつまでも世話のかかる妹みたいなものなのだろう。
そう考えると、ルーチェの胸は少し苦しくなる。
運命の裂け目で彼はルーチェに「愛してる」と呟いた。それが親愛なる家族への言葉だと理解してるのに、耳元で囁かれた瞬間、身体が熱く溶けるような感覚に陥った。
そして自覚したのだ。自分はサンティエが好きだと。
しかしサンティエは、美人で才女のレムーヴと遠距離恋愛中だ。家族からこんな感情を向けられたら彼も困るだろう。ルーチェは胸の内に秘めることに決めた。
グリージョからヴィータに残る提案をされた時、嬉しかったのは事実だ。自分も彼に惹かれていた。
しかし、グリージョの目を見て悟った。彼はルーチェを見ていない。きっと自分のことを大切にしてくれるだろう。でも、そこには常に別の人物が重なってくるのだ。
そう考えると、ルーチェはサンティエと一緒にいたいと思った。要領の悪い自分自身をいつも受け止めてくれていたのはサンティエだ。たとえ家族という意味であっても。
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「今度の休みが決まったら教えてくれないか?」
サンティエはカップを置きながら言った。
「いいわよ。でも、どうして?」
「街に出て、プレゼント選びを手伝ってほしいんだ。
レムーヴへ贈るんだ」
「え……!」
突然、ルーチェの目から涙が溢れ出し、止まらなくなった。慌ててルーチェは笑って誤魔化す。
「アハハハ、どうしたんだろ? 目が痒くなって。
プレゼント選びだけど、私なんかで良いの?
私、レムーヴみたいにオシャレじゃないし……」
「ルーチェ……?」
サンティエはしばらくルーチェをジッと見つめる。
その後スッと立ち上がり、裏へ行きすぐに戻ってきた。
「レムーヴからの手紙だよ、読んで」
(何故、そんなことをさせるの?)とルーチェは思いつつ、言われた通り、鼻を啜りながら読む。
「え、レムーヴ、結婚してたの? 子どもが産まれた?!」
「だから出産祝いを贈りたくて。
ルーチェは友達に何度かプレゼントしてるだろ」
「でも、サンティエはずっとレムーヴと付き合ってて……」
ルーチェは口をパクパク動かす。
「彼女はただの学友。飛び級で大学講義を受けるのが僕とレムーヴだけだったから、一緒にいることが多くて。それを皆、勝手に勘違いしてたんだよ。
それに彼女は年上が好みなんだ。僕は初めから相手にされてないよ。旦那さんも40歳だし」
ルーチェはサンティエの言葉を1つ1つ噛みしめるように聴いた。「そっかぁ、そうなんだ……」
ルーチェから手紙を取り上げ、サンティエはメガネを外してテーブルに置いた。そしてルーチェへ顔を近付ける。
「なんで、メガネを外したの?」
ルーチェは身体がどんどん熱くなるのを感じた。
「だって、涙でレンズが濡れるかもしれないだろ」
互いの呼吸を感じ合う。
「ルーチェ、キスしてもいい?」
「うん、私もしたい」
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タンドレス夫人はいつもより早くカフェに着いた。朝営業で疲れてるだろうサンティエに代わって、ランチの準備をするためだ。
カランコロン
ドアを開けようとしたところ、ルーチェが飛び出してきた。ベージュの帽子を目深に被っており、顔が見えない。
「ルーチェ、こんな時間じゃ、遅刻じゃないの?」
「おはようございます! そうですね、急ぎます!
行ってきまーす!」
元気に走っていく彼女の耳が真っ赤に染まっていることに、タンドレス夫人は気付かなかった。
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
遥彼方様、企画主催
長岡更紗様、プロット提供
ありがとうございました。
☆2023/02追記 貴様二太郎様から頂いたルーチェを挿絵掲載しました。
☆追加情報☆2025/11/09
40歳の旦那さんの名前はドーファン・エストラゴンです。
俺はもう若くないの主人公です。
ドーファンとルーチェは、交流がほぼないので、サンティエもサラリとしか伝えていません。でも、後でサンティエは改めて彼についてルーチェに話すでしょうね。




