55、選択肢は2つ
「順番に話そう。私の叔母は、現在ファロ家当主である私の父の妹だ。叔母はヴェリタ子爵と結婚した。
子爵は軍養成学校の歴史科教諭だった。しかしそれは表の顔で、裏ではエテルネルの研究者と共同でヴィータ軍史を調べていたんだ。機密事項を敵国と共有したという理由から、子爵は国家反逆疑惑で警察に狙われていた。
そして22年前の空襲で避難した際、研究資料が警察にバレて、指名手配されることになった。ヴェリタ夫妻は魔法の森入口近くで捕まったが、一人娘だけが行方不明だった。森を探索した結果、魔獣に襲われ死んだと判断された。その娘の名前はルーチェ・ヴェリタ。当時5歳だった」
グリージョはルーチェの手を優しく握った。
「君の両親が歴史研究者であることも分かった。
ヴェリタとアルカンシェルは君を守る為、ヴィータの記憶を無くさせ、エテルネル人として暮らさせることにしたんだ」
「じゃあ、私の本当のパパとママはヴィータにいるの?」
その問いに、グリージョは首を振った。
「2人共亡くなってる。国家反逆罪で死刑になったんだ。
私が失っていた記憶は、叔母がヴェリタに嫁いだことと、ルーチェの存在だった。
代々軍人一族のファロ家に、国家反逆罪を犯した人間いる事実は、大きなダメージだった。その影響を次期当主となる私が受けぬように、当時12歳だった私の記憶を改変したそうだ。母方の祖母が夢占い師と名乗っていたよ。祖母も10年程前に他界したが」
グリージョが一呼吸つく。ルーチェは目を閉じる。瞼の裏に浮かぶ焦げ茶色の髪をした男女こそ、本当の両親だった。自らの命を犠牲にしてでも、娘の自分を生かしたのだ。そして金髪の両親がエテルネルで我が子として育ててくれた。
「お前が捕まった時、デゼルトの部下が描いた現像魔法絵が先に届いたんだ。絵を見た時、心臓が止まるかと思った。叔母そっくりな女性が描かれていたからね」
グリージョの頬が少しだけ赤らんだ。
「ヴェリタ夫妻も、今のルーチェを知れたら、喜んだじゃろうな。親として誇らしいはずじゃ」
ザッフェラーノが優しく言った。
ルーチェの目からはポロポロと温かい涙が流れた。
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椅子から立ち上がり、グリージョは窓を開けた。心地良い風が部屋に流れる。手際良く窓の傍にあったコップにジュースを注ぎ、ルーチェと賢者に渡す。
「まだ落ち着かないだろうが、次の案件に移りたい。
民間人捕虜ルーチェの処遇が正式に決まった。
ある条件付きで、君をエテルネルに返還出来る」
「条件?」ルーチェはブラッドオレンジジュースを飲みながら尋ねた。涙は止んでいる。
「エテルネル帰国後も、ヴィータ側魔法の森を、ヴィータ軍と共に管理していくことだ。
越境は難しいだろうが、運命の裂け目越しにヴィータ軍と情報共有し、国境を越えた森の管理をしてもらいたい。そのエテルネル側責任者を君にやってもらう」
「私が、森の管理責任者?!」
ルーチェの驚く顔を見て、グリージョは微笑む。
「空洞杉移植が成功してから、ずっと上へ提案していた。なかなか進まなかったが、地すべり対策でのルーチェの貢献を訴えたらようやく承認されたよ」
「私、帰れるのね……」
国へ帰れる喜びだけでなく、これからも森を通じてヴィータの皆と関われることが嬉しかった。
エテルネルのことを頭に浮かべた時、ルーチェはフッと思い出した。
「そう言えば、サンティエは?!」
グリージョは窓を閉め、椅子に座り直した。
「そこの説明もまだだったな。
ヴィータへ侵入したサンティエ含むエテルネル人は、全員犯罪被害者と判断され、無事に帰国することが許された。サンティエ以外は既に帰国済だ」
「どういうこと?」
「デゼルト少佐が国際犯罪誘致で捕まったんじゃよ。エテルネル人侵入も、デゼルトが元凶じゃと分かった。奴はムロンというエテルネル人に式典の情報を漏らし、それに合わせて侵入させるように促したんじゃ。
それだけじゃない。外国人犯罪者にエテルネル側で誘拐や強盗をさせるように、遠隔で動かしておった。お前さん、少女を誘拐から助けたじゃろ。あれもデゼルトが裏で手を引いておったんじゃ」
ザッフェラーノが溜息をつきながら説明した。
「あの四角いメガネの男ね。何で、そんなことを……」
「事情はありそうじゃが、グリージョを退けるのが目的だったようじゃ。大佐の座を狙う為に基地で問題が起きるように仕向けたらしい。
コソコソと裏の繋がりを作る暇があるなら、幹部としての素養を磨く努力をすべきじゃったのに。
協力者達も結局、多額の金を積んだだけの関係じゃ。どいつもこいつもアッサリ白状しとるようじゃ。
資産の4分の1も無断で溶かした三男坊に、デゼルト伯爵は怒り心頭で擁護の意思は全く無いようじゃ……。
嘆かわしいのぅ。
聖地の木まで黒焦げにしてもうたし、あの男は……」
「皆には内密にしていたが、小間使いのトルメンタは、実は軍の監査部なんだ。国際警察の捜査に協力し、この基地やデゼルトを調べていた。
そこにルーチェがやってきたので、急遽メイドのフリを続けてもらい、捜査と同時に犯罪容疑者のデゼルトから君を守ることにしたんだ」
グリージョが追加で説明した。
「そうだったの……。だから最近見ないのね。
侵入したというエテルネルの保護管理員達は無事なのね、良かった……。
でもサンティエは? さっき『サンティエ以外は』って」
ルーチェはグリージョの方を見る。
「ここからが、一番の本題だ」グリージョは再び微笑んだ。
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「サンティエの強い要望で、彼はまだこの基地に残っている。起訴対象になってないから、臨時避難民として待遇している。
彼の要望は1つ。ルーチェが無事にエテルネルに帰る様子を見届けること。それが叶うまで、彼はここで待っている」
ルーチェの胸は熱くなる。
サンティエが基地のどこかにいる?!
「ただ外国人滞在規定で、滞在日数は残り3日だ。
ルーチェが帰国するかどうか関わらず、3日後には帰国してもらうことになってる。
そこでだ、ルーチェ。これは相談なんだが……」
グリージョはルーチェの持っていたコップを離してザッフェラーノに渡し、両手でルーチェの手を包んだ。
「エテルネルに帰る場合、2日以内で決めてほしい。君を返還する手続きが必要だからな。そしてサンティエと一緒に帰国するんだ。
けれど、君は元々はヴィータ人だ」
グリージョの握る手の力が強くなる。
「ルーチェ、このままヴィータに残らないか?
ファロ家が君を家族として受け入れよう。君は私の従妹だ、問題ない。ヴェリタの娘という事実は、多少影響あるかもしれないが、それは時間が解決してくれるはずだ。
そしてこれからも共にヴィータの魔法の森を守っていってくれないか? もちろん、エテルネルに一時帰国しやすいようにも配慮する。どうだろうか?」
ルーチェはグリージョの瞳を見つめる。オレンジの香りが漂ってくる。胸の奥で甘い何かが動く。
「グリージョ……」
ルーチェは静かに微笑んだ。




