54、夢と記憶と真実と
「ヴィータ軍監査部……イゾラ……中将?!」
デゼルトはメイド服に紅色のコートを羽織った小柄で華奢な女性を見る。座り込んでいる自分に近付いてきた。
「刺激拘束系の魔法使いだと名簿にはあるが……。
デゼルト、お前は雷使いだな?」
トルメンタが大きな瞳を光らせる。
デゼルトは慌てて手の平の発動を消した。
「魔力を安易に明かすことは身の安全にも関わりますので」
丁寧な口調でデゼルトは返した。
「国際警察機関には、魔法解析という技術があるらしい」
「魔法解析?」耳慣れぬ単語に、デゼルトは困惑した。
「魔力を分析し、発動者を特定する技術だ。僅かな残留魔力からでも可能だ。一昨日の地すべりの原因は、山頂付近の地盤を支えていた大木が根ごと倒木したからだ。自然な落雷であのような倒木など有り得ない。あれは魔法だ」
トルメンタの表情が一層険しくなる。
「黒焦げになった巨木から、想定通り雷系の残留魔力が採取された。そして、数年前の地すべり発生地にある焦げた切り株からも。どちらも同じ魔力だと判明した。
それがお前の魔力と一致するか調べる」
「んなっ……」
トレンチコート男の若い方が駆け寄り、デゼルトを立たせようとする。デゼルトはその手を振り払いながら立った。
「魔法解析とは、得体のしれないものを信じるのですね、イゾラ中将。女性はいくつになっても可愛い夢を見るのがお好きなようで」
トルメンタは眉根も動かさず歩き出した。
「詳しい話は後だ。いいからついてこい」
6人は宿舎を後にした。
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小さな屋敷の庭で、幼いルーチェは馬を走らせていた。
「上手よ、ルーチェ」
ママが微笑んでいる。焦げ茶色の髪の毛先がふんわり揺れていた。
乗馬を終えて、馬を使用人に渡す。
「次は剣術の練習をしましょう」
「けんよりも、かくとーぎがしたいわ!」
「フフフ、ルーチェはそっちの方が向いているのかもね。じゃあ午後は練習場に行きましょう。
ランチまでの間にピアノでも弾こうかしら?」
ママの奏でる可愛い音色が、ルーチェの耳を撫でる。
「ルーチェは弾かないの?」
「うん、ずかんを読みたいから」
「ルーチェは植物図鑑が好きね。今度最新版を買いましょう。綺麗な現像魔法絵が載っているものを……」
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「空襲警報よ!」
ママがドアを叩く。中からパパが出てきた。
「資料をまとめるから少し待ってくれ!」
焦げ茶色の髪を掻きながら、パパは言った。
窓から外を見ると、警察らしき人々が玄関の前にいた。
「裏口から逃げよう! こんな時を狙うとは、警察め!
アルカンシェルに連絡魔法を!」
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疲れ果てた視界に映る森は、闇に繋がる洞窟にも思えた。
「警察が来たわ!」ママが叫ぶ。
「このままでは全員捕まってしまう! ルーチェ!」
パパがルーチェの小さな背中に袋を背負わせ、しっかりと革紐で結びつけた。一体これが何なのかルーチェには分からない。
「ルーチェ、馬に乗って森の中を真っ直ぐ走るんだ。決して振り返ってはいけない。やがて『運命の裂け目』と呼ばれる崖に辿り着く。対岸にいる夫妻に運んでもらい、エテルネルへ逃げるんだ」
「パパとママは?」ルーチェは尋ねる。
「パパとママは行けない。でも、お前は生き延びるんだ。
運命の裂け目を飛び越えれば、未来が拓ける。
大丈夫だ。ルーチェ、愛してる」
2人はルーチェを抱き締める。
背後から追手の足音と声が聞こえてきた。
「動くな! お前はヴェリタだな!?
お前達を国王反逆罪で逮捕する!」
パパが立ち上がり、右手を下から斜め上に振ると、一家と警察達の間に炎が壁のように燃え上がった。
滅多に見せてくれないが、ルーチェはパパの火が大好きだった。自分も同じ炎使いだと知った時はとても嬉しかった……
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風に頬を撫でられ、ルーチェはスッと目を開ける。
「おはよう、ルーチェ。気分はどう?」
カモミッラが微笑みながら、顔を覗く。
魔法の森で魔力を使い果たした後、ルーチェは外部者用の病室で療養していた。カモミッラが看護師と共に世話してくれている。トルメンタの姿はない。
「ブツブツ言ってた、私?」
「『ママー、パパー』て小さな子どものように言ってたわ」
ここ1週間程、ルーチェは起きては寝てを繰り返していた。食事や排泄、バスルームで身体を洗う以外はずっとベッドの上だった。魔力を使い果たした代償なのか、常に全身が重かった。睡眠中も鮮明な映像と音ばかりが流れるので、夢なのか本当のことなのか、ごちゃごちゃした状態が続いていた。
「夢は記憶の整理作業らしいわ。今のルーチェは、じっくり取り組む必要があるのよ。
包帯を変えましょう」
カモミッラは荒れた指先で優しくルーチェの手首の包帯を解いていった。
「この調子だと、痕も目立たずに済みそうね。
ファロ大佐の指示で、薬草を植えといて良かったわ」
ルーチェは薬で染みる火傷を見ながら少しだけ微笑んだ。
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ルーチェが食事とシャワーを済ませてベットに戻ると、カモミッラが言った。
「大佐がルーチェと会いたいらしいの。部屋に入れても良いかしら?」
ルーチェが「ええ、大丈夫よ」と返すと、カモミッラは伝達係に報告した。
しばらくするとノックする音がして、グリージョとザッフェラーノが入ってきた。2人共、休日用の服装だった。
「体調はどうだ?」とグリージョ。
カモミッラが2人分の椅子を用意する。
「身体は問題無いわ。でも、頭の中が混乱してるみたいで、寝る以外のことが出来ないの」
「そうか……。仕方無いのう」
ザッフェラーノが言う。彼は裾がほつれたジャケットを羽織っている。
「カモミッラ、悪いが席を外してくれ」
グリージョに言われ、カモミッラは部屋を出た。
「ルーチェに知らせたいことがある。君の出生についてだ。君はエテルネル人じゃない、ヴィータ人だ」
その言葉に、ルーチェの気持ちがストンと落ち着いた。
「驚かないのか?」
ルーチェの反応を見て、グリージョは言った。
「驚くよりも納得してるわ。
どうしてあんな夢を見るのか、答えが聞けた気がするの」
ルーチェがそう話すと、今度はザッフェラーノが身を乗り出し尋ねた。
「質問じゃ。お前さんの知り合いに夢占い師はおるかね?」
「エテルネルに住む母親が夢占い師です」
ザッフェラーノとグリージョは目を合わせる。
「やはり、お前さんは記憶を消されていたんじゃ。それが蘇った為に、頭の中が混乱しているのじゃよ」
「どういうこと?」
「夢占い師とは、記憶系魔法使いが正体を隠す時に名乗ることが多い職業なんじゃ。記憶系魔法は、どの国でも高待遇を受けられる代わりに厳重に管理され、自由が効かない。それを嫌って隠す者がいるのじゃ。占い師や催眠術師が後発的に記憶魔法を身に付けることもあるから、夢占い師として振る舞うことが多いそうじゃ」
「ママが、私の記憶を消したってこと?」
ルーチェは困惑した。何故彼女は記憶を消したのか。
「ルーチェ、次は私の話を聞いてくれ。私も記憶を消されていた。そしてそれが3日前に蘇った」
そっとグリージョがベッドの端に手を置いた。
「きっかけはデゼルトがヴェリタの話をした時だ。私はヴェリタが誰なのか全く知らなかった。
その後忙しくしていたが、突然朝起きられなくなり、丸一日休んだ日があった。夢と記憶が混在した状態が続くので、ザッフェラーノに相談し、調べてもらったんだ」
グリージョはシーツをギュッと掴んでいる。
「私の叔母のことを話したことがあるだろう。彼女は魔法の森で死んだと。でもこれは誤りで、魔法の森で死んだ扱いになっていたのは、彼女の娘の方だったんだ」
ルーチェは息を呑んだ。




