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53、疑惑

「サンティエ……?」

 ルーチェは巨木を浮かす水を操る人物を見た。ファットリッチ3頭を背後に携え、手首に鉄製の魔法錠をつけている。泥まみれで青色の革鎧を装着している彼はサンティエだった。やっと会えた。ルーチェはそんな気持ちになった。


 遠くから馬の駆ける音が聞こえてきた。応援の兵士達がやって来たのだ。

 先頭を走る一人の騎馬兵士が手を伸ばす。すると、地面を這うように葉っぱのついた太い蔓が何本もニョキニョキと壁に向かって進んだ。


「火を止めろ。もう、大丈夫だ」

 グリージョに言われ、ルーチェはサッと手を横に振った。壁を激しく燃やしていた炎は呆気なく消えた。固まった土壁に今度は蔓が絡んでいく。

「この現場は応援隊に任せて、我々は基地に戻ろう。

 お前はトルメンタの馬に乗れ……ルーチェ?!」


 ルーチェは膝から崩れ落ちた。咄嗟にグリージョが彼女抱き支える。ルーチェは目を閉じてグッタリしている。魔力を完全に使い果たし、気を失ってしまったのだ。

 トルメンタが馬に乗ったまま二人に近づく。


■■■■■


 ルーチェはメイドの女性が乗る馬に乗せられた。移動魔法が使えるらしいメイドと一緒なら、ルーチェも落馬せずに済むだろう。グリージョは馬が離れたことを確認すると、こちらに向かって歩いてきた。


 一連の様子を見ながらサンティエは、ルーチェはヴィータ兵士に乱暴されていないことを確信した。理由はグリージョの様子を見れば一目瞭然だ。優しく大事に介抱されている彼女の姿を見て、サンティエは全てを悟った。

 ルーチェの身の安全を知れたことへの安堵と共に、これ以上無い落胆が彼を襲った。行き場のない感情を持て余す為に、サンティエはファットリッチの首をさすった。


「さっきは助かった。感謝する。しかし……」

 グリージョの視線はサンティエの手首に移る。

「魔法錠をつけたまま、水魔法を発動したのか?」


 グリージョの言葉にサンティエは首を傾げる。

「この錠は条件を満たすと拘束魔法を発動するやつだろ? そちらが発動させてくれなかったおかげで、僕は自由に動けたよ」


「いや、それは着けるだけで一定の魔力発動を抑える錠なんだが……。まぁ、いいか。すぐに基地へ戻る。お前は避難民兼重要参考人として、しばらく厳重に管理するぞ」


「ああ、頼んだよ」


 グリージョとサンティエはそれぞれファットリッチに乗り、余ったもう1頭と共に基地へ移動した。


■■■■■


 騒動から2日後。

 式典から戻ってきた兵士達は地すべりの現場検証と復興作業に取り組んでいた。最聖地に土砂が危うく直撃するところだったのでと、誰もが肝の冷える心地だった。


 デゼルトは将校宿舎の自室で、机上を指で叩いた。あてがわれた部屋を勝手に改装し、派手な壁紙とカーテンが彼の周りを飾っている。


「ファロに何も処罰が無いだと!?」


 デゼルトはいつも同行させている2人の兵士の報告を聞き、怒りの声を上げた。兵士達は呆れた気持ちを隠すのに必死だった。

「捕らえたエテルネル人達に飯と寝床を与えていることも理解しかねる。父上から軍へ言ってもらわねばな……」


 デゼルトは無駄に豪奢な椅子から立ち上がる。

「その前に最後の情けでファロに苦言を呈してやろう。

 あの男が私に嘆願する姿はさぞ愉快だろうな……」


 3人が部屋を出たところで、トルメンタが待っていたかのように廊下に立っていた。


■■■■■


「デゼルト少佐、よろしいでしょうか?」


 茶色い髪を後ろで丸くまとめた小柄なメイドを見て、デゼルトは眉間に皺を寄せる。彼女の後ろには見知らぬトレンチコートの男が2人立っていた。


「メイドごときがこの私に用でもあるのか?」

 デゼルトは嘲笑いながら言った。


「国際警察の取調べを受けて頂きます。貴方には国際犯罪容疑がかかっています」


 トルメンタの返答に、デゼルトの口元がピクッと動く。

「下等メイドめ、無礼だぞ。私に犯罪容疑だと?」


 トルメンタはビラを1枚出した。捕虜ルーチェが描かれたものだ。

「これはエテルネルで流布された匿名記事です。

 先に取調べを受けたジェンマ中尉が、この現像魔法絵を描いたと供述しました。貴方の指示だったと」


 デゼルトは後ろに控えていたジェンマ中尉を一瞬睨む。


「愚かな部下の責任は私にある。この中尉は私が責任持って、厳重に処分しよう。自衛の為に『私の指示』と言ったのだろう。本来なら上司への侮辱だが、私もそこまで理解がない訳ではない」


 中尉ともう一人の兵士が驚いた目でデゼルトを見た。


「影響が無ければ良いですね。貴方の妹さんは、近々公爵家子息と婚約なさるのでしょう」


「ハァ? こいつの家は平民階級だが?」


 トルメンタはビラを眺める。

「偶然を切り取った場面とはいえ、描かれた女性はとても魅力的だわ。現像魔法絵の出来栄えを左右するのは、画力・デッサン力だそうね。

 流石、人気画家ジェンマの息子と言えるのかしら?」


「官能画家のことか? しかしお前は姓が同じだけだと……」


「そう言わないと、いつまでもからかわれるからですよ」

 ジェンマ中尉は吐き捨てるように言った。


「公爵がジェンマ画家の熱心なファンで、個人絵画レッスンを依頼したそうよ。手伝いで屋敷に来ていた中尉の妹さんと、一緒にレッスンを受けていた御子息が意気投合なさったらしいわ。平民でもジェンマ画家の娘ということで、公爵も歓迎なさっているとか」


 トルメンタの()()を聞き、デゼルトは目の色を変える。ニヤニヤとジェンマ中尉を見る。

「それはめでたいなぁ。優秀な部下を持つ上官として、是非とも公爵家にはきちんと挨拶し、良きお付き合いをしなければ。そうだ。君が望めば大尉にすぐ昇格してやれるぞ」


 ジェンマ中尉の目がこれ以上無く冷たく濁っていた。


「レオパルド・デゼルト。昨日ムロンという男が、ヴィータからエテルネルへ裂け目を越えたところで捕まった。ムロンは今回のエテルネル民間人越境について、ヴィータ軍関係者から情報を得たと供述している。我々が調べた結果、提供元はお前である証拠を得た。同行願おうか」

 長身の方のトレンチコート男が言った。


「ヴィータ軍幹部としてこの身を捧げる私が、野蛮なエテルネル人に情報提供したと?! 我がデゼルト伯爵家への侮辱だ! お前達を顧問弁護士を通して訴えてやるぞ!」


「同行に応じなさい。デゼルト」

 トルメンタが静かに言った。


「行き遅れた年増メイドの分際でこの私に命令するな!

 無礼者!」

 デゼルトは怒りに任せて、手を振り上げた。手の平からバチバチと音が鳴る。


 バシーン……!


 デゼルトの身体は廊下の数メートル離れた場所まで飛んだ。手の平からはまだバチバチと光と音が放たれている。


「急に発動したから髪が乱れてしまったわ」

 トルメンタはまとめていた後ろ髪を解く。波打つ髪を垂らして、手を上げた。すると、階段の上の方から紅色のコートが飛んできた。トルメンタはそれを肩にかけた。


「二度言わせるな、これは命令だ。

 知らぬのも当然だから特別に教えてやろう。

 私はヴィータ軍監査部のトルメンタ・イゾラ中将だ」

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