50、落雷
時間軸が並行してるので、キャラクター視点が変わると、やや時間が行ったり来たりした感じになってます。
馬の姿をしたバンテと共に、ルーチェは森の入口から奥へ進む。日没には早過ぎる時間だが、森の中は霧のせいで薄暗い。
ルーチェは奇妙な感覚に襲われていた。言葉で表すと「見覚えがある」だ。デゼルト隊に捕まり、森を歩いて基地に来たのだから知ってて当然だ。しかしこの感覚は、もっと前に経験したというものなのだ。
ウオオオオオ!
突然、バンテが咆哮し、前脚を上げた。ルーチェは落馬しそうになる。
「バンテちゃん?!」
ルーチェが着地すると、馬の形が崩れ、ズズズと土が地面を滑るようにとんがり帽子のような山の方へ進んでいった。
「グリージョもあそこにいるかしら?」
ルーチェは歩いて山へ向かう。
道中もやはりあの不思議な感覚が支配する。頭の中で幼い子どもの泣き声が響いてくる。泣いているのは誰なのか?
「おかしい、おかしい。
私が初めて森に入ったのは、サンティエに誘われて魔法の訓練をした時だったわ。安全エリアでとても綺麗な場所……」
ブツブツ呟きながら歩いていると、サワサワと葉を下に垂らした木を見つけた。しなる枝を持つ弓柳の大木だった。
「随分大きいなぁ」
しなる反動で長距離ジャンプ移動が出来そうだ。「山の方角に跳べそうな枝は……」ルーチェは慣れた動きで木を登る。目的の枝に辿り着き、狙いを定める。体重を枝に乗せると、枝はグググと曲がった。
「それっ!」
枝はビーンを振り上がる。ルーチェはその威力を活かして跳ぶ。ヒューンと木の高さを越えて弓なりにルーチェの身体は飛んでいく。そこでルーチェは着地点の状況を確認し忘れていたことに気付く。
「アワワワワワ!」
奇跡的に葉の茂る広葉樹へ突っ込むように落ちた。ルーチェは幹を伝って降りた。枝や葉に擦れてところどころ怪我をした。
「イタタタ……」
自分でやったとはいえ、強引な移動に身体はダメージを負った。ルーチェは木の根元に座り込んで目を瞑る。そちらの方が楽な気がしてきた。
ルーチェ! ルーチェ!
「ママ? パパ?」
誰かが自分の名を呼んだ気がした。ルーチェは立ち上がる。気のせいだとすぐに判断した。しかし。
「私が呼んだママとパパは……誰?」
自分の両親はブロンドだった。どうしてあの美しい金髪を継げなかったのか悲しんだことが何度もあった。でも、今浮かんだ男女は焦げ茶色の髪をしていた。
ワー! ワー!
遠くから悲鳴に近い声が聞こえた。道には馬が走った跡が沢山ついている。ルーチェはそれを辿って山道を進んだ。霧はすっかり晴れていた。
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地下牢入口の扉が開く。ランプに照らされて暗くない空間で、兵士2名が倒れている。監視担当の兵士だ。
「どういうこと?!」
トルメンタは慌てて独房に向かう。ルーチェがいるはずの場所は空っぽで、扉も開けっ放しだった。
「デゼルトに先を越されたみたいね……」
トルメンタは基地で待機しているファロ隊兵士に報告し、急いで地下牢を後にした。
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「現場待機している兵士達のところへ戻ろう」
グリージョはそう言って、土の馬とロバを創り出した。
「ロバの方に乗れ。逃げられると思うなよ。
自動で動くからジッと座っていればいい」
サンティエが黙って乗ろうとすると、ササッと踏み台が出てきた。
グリージョが乗る土馬を先頭に2人は進む。ポツポツと腕に雨が落ちてきた。見上げた頃には雨足が激しくなっていた。
「通り雨かな? 馬は大丈夫か?」とサンティエが尋ねる。
「目的地までは持つさ」グリージョは返答した。
ゴロゴロと雷鳴が轟く。視線を変えた先で光の筋が細く刺す。その後遠くから音が響いた。
グリージョはムクムクッとバンテ(幼児体形)を出した。
「賢者達に安全な場所へ移動するように伝えて来い」
「はーい」
その体形からは想像つかない速さで土人形は走っていった。サンティエは驚いた様子でそれを見ていた。
ビカッ!!
背後から激しい光を感じた。2人共振り向く。バリバリバリと大音量の雷鳴が鼓膜を揺さぶった。
「落雷? 近いのか?」
「いや、土に雷が流れてきてない。場所は離れている」
グリージョは言った。
「それにしては異様に激しかったな。魔法の森だからか?」
「分からない。だが数年前もこのような雷が落ちたことはある。とにかく森に留まるのは危険だ。急いで全員基地に戻らないと。スピードを上げるからしっかり掴まれ」
グリージョはそう言って土馬と土ロバを走らせる。
全員基地に戻したことを確認したら、すぐにルーチェを迎えに行かないと。彼の中に焦りが生じていた。
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雨はすぐに止んだ。雲間から光が差し込み、青空が覗く。
グリージョとサンティエは、拓けた地まで戻ってきた。
ザッフェラーノと兵士達、ファットリッチ5頭が司令地点にいた。即席の布屋根を張り、魔法避雷針を立てていた。
「サンティエ・タンドレスに魔法錠をかけろ」
グリージョは下馬しながら言った。
サンティエの両手首に鉄製の錠が着けられた。
「ファロ大佐、ファットリッチは8頭全て発見しました。
内、3頭が負傷していたので、先に基地に連れて行きました。ムロンという男はまだ見つかっておりません。探索班は通り雨と雷が発生した為、全員ここに戻ってきております。
大佐から、賢者を避難させるようご指示頂きましたが、賢者が場を離れないと主張されたので、避雷針を立てることにしました」
大尉の報告を聴きながら、グリージョは屋根の下で賢者が険しい表情で山頂の方角を見ているのを確認した。先程の落雷の方向でもある。基地に戻るよう説得出来るのは自分だけだろうと悟る。
「分かった。ムロン探索は中止。
今、現場にいる者達は、引き続き待機する班と、タンドレスとファットリッチを基地へ運ぶ班に分かれろ。伝達隊から基地での報告は来てないか?」
「いいえ、来てません」
「分かった。雨は止んだが、雷に警戒した方が良い。なるべく全員基地に早く戻れるように、待機班の人数は最低限にしろ。私も賢者を説得したら待機班と一緒に基地に戻る」
「承知いたしました」
大尉が素早く兵士達に指示を出し、基地へ戻る班はその準備を始めた。
グリージョはザッフェラーノのところへ向かう。
「賢者ザッフェラーノよ。今は安全優先だ。基地へ戻ろう」
ザッフェラーノは視線の先を変えない。
「どうした? 結界に異変でも?」
ザッフェラーノは首を振り目を瞑る。
「マズいぞ。地すべりが起きる」
グリージョの顔は一気に青くなる。
「場所は?!」
「山頂近く……最聖地の延長上じゃ……」
「私は、現場に向かう! 馬をくれ!」
大尉が困惑した顔でやって来る。
「今、走れる馬はありません。雷でどの馬も怯えています」
グリージョは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「ファットリッチで行こう。彼らは天候に怯むタイプじゃない。足場の悪い場所も素早く動けるし、賢い。僕も同行してこいつらの誘導を手伝うよ」
そう言ったのはサンティエだった。兵士に頼んで、メガネを自分にかけさせていた。
グリージョはファットリッチの集団を見る。慣れぬ環境のはずなのに、彼らは堂々と羽を震わしたり地面をつついたりしている。
「分かった。頼む」
サンティエはすぐに2頭見繕い、グリージョを乗せ、簡単に操縦方法を伝えた。
「グリージョ、エテルネル人よ、頼んだぞ。
結界は最大限まで強めておくぞ」
グリージョとサンティエは山頂に向かって走り出した。




