49、誤解
地面が揺れる。サンティエは足裏から水を噴射し、高く跳ぶと同時に土が突き出した。着地予定地点から複数土が飛び出し襲いかかる。サンティエは水でそれらを吹き飛ばし、土柱の先に一瞬だけ足を置いてまた跳ねる。こうしてサンティエは、不規則に出現する土柱の上をトントンと移動していった。
グリージョは魔法を発動しながら、既に土の動きを読まれていると悟る。敵の魔法攻防センスの高さを思い知る。
やがて、動き慣れたサンティエがグリージョに向かって鋭く水を飛ばす。グリージョが避けながら壁で防ぐ。今度は貫通されてしまった。土の強度も見抜かれたようだ。
グリージョが両手を横に拡げると、地面そのものが海面のようにグラリと揺らぎ、両脇が盛り上がりサンティエの全身を囲む。バンッと手の平を身体の真ん中で合わせると、盛り上がった地面がサンティエを向かって被さるように落ちた。
天井が落ちてくるように、頭上に土が降り注ぐ。サンティエは腕を円を描くように振り、水の傘を作って耐えた。
草ごと抉り作った土の小山をグリージョは見る。後は生き埋めになった彼を掘り出すだけだ。
だが、すぐにバシュンと頂上から水が噴出した。泥水が広範囲に飛び、グリージョにもかかる。小山が崩れ、泥水にまみれたサンティエが姿を見せた。
その姿を見たグリージョは不覚にも微笑んでしまった。ここまで手強い魔法使いと対峙したことがなかった。
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土山から抜け出したサンティエは辺りを見る。あちこちに水溜まりや泥溜まりが出来ていた。
ここに来る途中でジル達が「地すべりの形跡があるッスね。時間が経っている様子があるので、ヴィータの連中はその後の対策もしてないってことッスね」と話していたのを聞いた。
災害対策をしていない山で、ここまで土を掘り返し、水を含ませてしまった。サンティエの中で一抹の不安が過る。
「もう暴れるのは止めないか?」とグリージョは言った。
サンティエは睨み付ける。どこまでも自分を素人のように扱う様が気に食わなかった。
サンティエがグリージョに向かって素早く駆け出す。駆け出しながら腕を振り上げた。グリージョも前進しながら腕を振った。
2人は僅か1メートル空けた状態で止まった。
グリージョの顎辺りをタプンと水が覆っている。
サンティエの首元にも土がまとわりついている。
互いにもう一手踏めば、相手の呼吸を止めるところまで来ていた。
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「引き分けだな。このまま話をしよう、サンティエ」
「え?」
「ルーチェがお前のことを話していた。だから私もサンティエと呼ばせてもらうよ。お前も私のことをグリージョと呼べば良い。ルーチェも今はそう呼んでいる」
サンティエの顔が赤くなる。何故捕虜のルーチェがこの男と名前で呼び合っているのか?!
グリージョを覆う水の水位が上がる。グリージョは顎を上げて話を続ける。
「落ち着け。お前達は大きな勘違いをしている。我々はルーチェに乱暴していない」
「嘘つけ!」
「では、質問だ。お前達がそう思った理由を教えてくれ」
サンティエは必死で感情を抑えながら、懐からビラを取り出した。グリージョはそれを受け取り、目を見開く。
「何だ、このデマ記事は? どこで手に入れた?」
「エテルネルでバラ撒かれていたよ。
ルーチェを押し倒しているのはお前だろ」
やや水位が下がったので、グリージョは顎を引いた。
「確かにここに写っているのは私だ。撮られていたことに気付かなかった」
グリージョがそう言うと、水位が一気に鼻下まで来た。
「オボッ、話を聞け……!」
必死で顔を上げながらグリージョは言った。
サンティエは蔑んだ目をしながら水位を戻す。
「ハァハァ。この魔法絵の実際の現場は、杉の移植場だ。
我々はルーチェの指南の元、有害な空洞杉を魔法の森から外へ出したのだ。倒れかけた巨大な杉を私の土で支えたのだが、それが崩れてルーチェが生き埋めになりそうなったのでやむを得ず彼女を突き飛ばした」
サンティエは、クロシェットが基地近くの森の状態が良いことを指摘していたのを思い出した。
「ルーチェが、ヴィータ側の魔法の森を管理したのか?」
「正しくは森の改善方法について一緒に検討し、知恵を借りたんだ。私が依頼した」
「では、もう1枚の服を脱がされた絵は?」
「作業で上着が泥だらけになったので、皆その場で脱いで洗濯したんだ。ルーチェもそうした。倒れているように見えるのは、あの時彼女が偶然兵士とぶつかったからだ」
グリージョはそう言いながら、心の中で「これも全てデゼルトが仕組んだのだろう」と思っていた。
「皆の前で女性に服を脱がさせたのか?」
「問題があるのか? 肌着を着ているし、汚れた衣類をずっと身に着けるのは、衛生管理上良くない……」
グリージョはサンティエが言わんとしてることを察した。
「サンティエ、ヴィータ軍は性別不問だ。普段の宿舎は分かれているし、最低限の配慮はするが、訓練や任務中の衣食住は共同だ。バスルームもな。男女共に性的な感情や視線を表に出すことは厳禁であり、有り得ない」
グリージョの目には揺らぎが無い。彼は嘘をついていないと、サンティエは理解してきた。
「じゃあこのビラは一体……?」
「問題はそこだ。お前がこれを見てルーチェを助ける為に裂け目を越えたと言うなら、これはヴィータ側にこの事態を引き起こそうとした人間がいる。そして、お前の仲間の中にも。それが誰かはもう気付いたか?」
今度はグリージョが紙を取り出した。鷹が運んで来たものである。
「土壇場で書き足したんだな。『メンバーの中にヴィータ軍と繋がっている者がいる』と」
サンティエがすり替えた書面の中身は以下の通りだった。
○ルーチェを引き渡さないと結界を越える。
○主犯者はサンティエ・タンドレス1人であり、残り全員は安全に帰してほしい。
そして
○ただし、ヴィータ軍の誰かとこの計画を共有している者がメンバーの中にいる。警戒せよ。
「グリージョと話している時に確信したよ。ムロンだと」
「ああ。早く奴を見つけ出さないといけないな」
サンティエの首からスススと土が消えていった。
「我々がルーチェを乱暴していないと信じてくれるか? 確かに文化の違いで彼女を戸惑わせることがあっただろう。しかし、聖地の回復に尽力してくれた人物を辱める程、ヴィータ軍は堕ちてはいない。これ以上疑うなら、それはヴィータ軍への侮辱だ」
グリージョは強い口調で言った。その眼差しをサンティエはジッと見つめ、ゆっくりと頷いた。
グリージョの首から水がシュウゥゥと消えた。




