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46、交渉

視線がコロコロ変わります。読みにくくてすみません。

 果ての山山腹にて、グリージョは前線で盾を持つ兵士の間を通り、侵入者と対峙した。森全体に霧が広がっているが、不思議なことに、この空間だけ霧が晴れている。周囲はモヤッとしているので、まるで霧の方が避けてくれているようだ。


「私は、ヴィータ王国国境防衛軍魔法の森支部を管轄しているグリージョ・ファロだ。

 書面は読んでいるが、改めてこの場で要求を述べよ」


 青い革鎧の軽装男が一歩前に出た。丸い眼鏡をかけた青年である。オリーブ色の髪がサラサラと揺れている。白大理石を滑らかに仕上げた彫刻のような肌と顔立ち。長身で手足も長く、頭身は一般人よりも2つ3つ多そうだ。


「僕はエテルネル人、サンティエ・タンドレス。

 ルーチェ・アルカンシェルを解放し、安全に帰国させることを要求する」


 『帰国』。書面の内容と異なるのは、強硬な文面にすることで、防衛軍兵士をここに集めさせたのか。グリージョは左手を腰に当てるフリをして、背後の兵にサインを送る「基地を狙う可能性あり、警戒せよ」と伝えた。


 ルーチェを返還する計画はまだ公になっていない。この基地の中でも自分とトルメンタしか知らないだろう。グリージョはこの情報を切り札として使うか、いつ使うか、思考を巡らせた。

 ほぼ丸腰の状態で、少数とはいえ軍隊と対峙する民間人サンティエ・タンドレス。ルーチェの話が本当なら、油断出来ない相手だが、そのことを知っているのも自分しかいない。彼の動き次第では隊に著しいダメージを負う可能性もある。「この男、魔法使い、警戒しろ」グリージョは念の為サインを送った。


「お前達にアルカンシェルを引き渡すのではなく、エテルネルへ返すことが要望か?」


「我々に引き渡すという意味は、我々の立ち会いの上でアルカンシェルをエテルネルへ返還せよということだ。返還の約束だけでは、我々は了承出来ない」


 端正な美青年から発する声はよく通り、聞き触りも良い。

 ルーチェは否定したが、彼女がこの男に惹かれていただろうことは納得する。余分な私情が混じりかけたが、グリージョは瞬きして、それを払拭した。


■■■■■


 静かにヴィータ軍が集まっている。微かでも鎧の擦れる音がすると足がすくんで動けなくなりそうだ。

 その度にサンティエはルーチェのことを想った。頼れる仲間と共にいる自分と違い、ルーチェはたった一人だった。乱暴されても生きて耐えている。そう考えると、絶対に退けないと奮い立たせることが出来た。


 盾で壁を作っている兵士に隙間を作らせ、一人の男が現れた。先程対話したラメットは紅い軍服に革鎧姿だった。次の軍人は、くすんだ銀色の金属製の胴着と肘・膝当てを身に付けていた。二の腕部分の腕章が、ラメットのそれと異なり太くなっている。


「サンティエさん」ジルが小声で話しかけた。

「あれは大佐の腕章ッス。ルーチェ先輩を襲った男じゃないスか?」


 サンティエは喉が詰まるような感覚になった。

 鎧が窮屈そうな厚い胴体に広い肩幅。黒髪の短髪。確かに、あの絵の後ろ姿と一致する。鋭く睨む目。がっしりした顎に無精髭を生やした迫力ある顔。あんな男に迫られたら、女性は抵抗しようがない。サンティエの怒りの炎が燃え上がっていく。


「私は、ヴィータ王国国境防衛軍魔法の森支部を管轄しているグリージョ・ファロだ。

 書面は読んでいるが、改めてこの場で要求を述べよ」


 その姿にふさわしい、低く厚みがある声だ。30代前半に見えるが、基地の長を務める軍の大佐。地位も実力も備えた立ち姿は、堂々としていた。


 自分はどれも持っていない。ルーチェさえもあの男に……。

 サンティエは意識して唾を飲んだ。紛らせてはいけない邪念を無くし、冷静に返答した。


「僕はエテルネル人、サンティエ・タンドレス。

 ルーチェ・アルカンシェルを解放し、安全に帰国させることを要求する」


「お前達にアルカンシェルを引き渡すのではなく、エテルネルへ返すことが要望か?」


「我々に引き渡すという意味は、我々の立ち会いの上でアルカンシェルをエテルネルへ返還せよということだ。返還の約束だけでは、我々は了承出来ない」


 ここまでが、予定通りの発言だ。この先は向こうの返答次第である。交戦は避けたい。ルーチェを安全に還すなら、ここで争いはしてはいけない。ジルにはギリギリまで誰も結界に入らないように指示を頼んである。


「アルカンシェルについては我が国の方法で対応する。我々はお前達と争う意思は無い。今なら特別に運命の裂け目から帰国することを承認する。お前達のことを公表はしない。しかし、重大な事案として処遇決定者に報告はしよう」


 ファロの発言は真っ当だ。だが、自分もジル達も到底承認出来なかった。ヴィータ軍がルーチェにしたことを棚に上げて、上から目線で正論を放つ様が気に入らなかった。サンティエですら苛立ったのだから、怒りの沸点が低いメンバー達が冷静でいられるか心配になった。


「我々の立ち会いの元アルカンシェルを返還することを約束しない限り、承諾しない。立ち会いは僕1人で構わない。僕を捕らえて、残りのメンバーは帰国させてくれ」


 サンティエの返しに、ジルが反応した。

「サンティエさんだけを残して帰るなんて出来ないッス!」


「先方の条件はある程度飲んだ方が良い。お互い穏便に済ませたいのは同じなんだ」


「あいつらをどこまで信用出来るか知ったこっちゃないッス。下手すれば、証拠隠滅で全員殺されるッス」


 ジルの意見も一理ある。向こうからすれば、これは公式な軍事交渉ではなく、迷惑処理に近いかもしれない。自分達の要望をどこまで真摯に受け止めるか見当つかない。


「ガタガタ抜かしてねぇで、ルーチェをとっとと還せって言ってるんだ! でないと、結界を越えてやるぞ!」


 背後からの大声に、サンティエ達も振り向いた。

 ムロンがロープを踏んでいた。隣にいる鷹使いのクロシェットは焦った表情を浮かべる。


「その結界の中に一度でも入れば、我々は攻撃を開始する」

 ファロが冷たい声で言った。

 ムロンは妙に不敵な笑みを浮かべている。


「ハンッ! どうせ年に一度変わってるんだろ? 他の場所と変わりねぇぜ!それにもうとっくに俺達の仲間が入ってるかもしれないぞ?」


「ムロン、黙るッス!」ジルが叫んだ。


 事前の打合せと違うムロンの行動に、サンティエ達も困惑した。ジルが叫んだ後、ファロの所へローブを着た老人が駆け寄った。何かコソコソ話している。


「我々は結界への侵入有無をすぐに察知できる。今はまだ誰も入っていない。結界を交渉を材料に使うのは得策ではない。この場を荒立てて、両国の感情を逆撫ですれば、アルカンシェル返還は叶わなくなるぞ。最聖地を侵されることはヴィータにとって戦争の火種となるには充分な理由だ」


 ファロはやや強めの声で言った。


「立ち会い人として1人拘束し、それ以外の者を帰す形を取ろう。信用出来ないなら、書面を取り交わし、鷹でエテルネル側にいる仲間に送っても良い」


 サンティエとジルは互いに見合う。応じるべきだとお互い頷いた。

「分かった。では、書面をすぐに用意してくれ……」


「キャアッ?!」


 サンティエが言い終えるかのところで、悲鳴が聞こえた。

 ムロンの隣にいたクロシェットが倒れた。彼女の身体から煙が出ている。鷹はバサバサと上空へ逃げていった。


「え?!」

 サンティエ達は周囲を見る。霧の向こうに魔法銃を構えたヴィータ兵士がいた。銃口から煙が上がっていた。

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