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44、果ての山

 霧が森全体を覆っている。加えて不安定な天候が、不安を募らせていく。グリージョは細心の注意を払い、森を奥へ馬を走らせた。


 ファロ隊は一旦止まる。山壁が崩れ、道が一部塞がれていたのだ。先発隊は魔法と訓練された馬で飛び越えたが、追加隊は道を整えてから進む。報告が来ていたので、グリージョが来る前から作業しており、少しの待ち時間で済む。


「儂は、エテルネル人だけの仕業とは考えられんのじゃ」

 ザッフェラーノは馬上でグリージョに話しかけた。


「何故だ?」

 背中にしがみつく賢者に、グリージョは首を動かし視線をやる。


「儂の二重結界の位置を正確に把握しておる。投げ込んだ荷物は外側の結界にだけ触れるようにしていた。結界の位置や効力は定期的に変わる。最新の状態を知っているのは、儂と魔法の森を巡回する兵士だけのはずじゃ」


「つまり基地の誰かが、エテルネルへ情報を漏らしたと?」


 ザッフェラーノは苦い顔をして頷いた。

「それは、ルーチェではないはずじゃ」


 部下が作業完了の報告に来た。グリージョは進むように命じる。


「犯人はヴィータ軍の人間という話なら、それは大丈夫だ。既に上は動いている。我が軍も馬鹿じゃないよ」

 グリージョはそう言って馬を動かした。


■■■■■


 暗くて湿っぽい空間で、ルーチェは固く狭いベッドに座り、壁にもたれていた。シーツには埃が被っている。置かれたランプの火をこっそり自分の火に変えて、明るさを強めた。牢の向こうに見張りの兵士がいることは分かるが、音が遮断されて、孤独だった。


 本来なら始めからずっと自分はここにいたはずの場所だった。今までが異常だったのだ。そう言い聞かせても、清潔で快適な寝具、喉越し爽やかな飲み物、気配りの出来る小間使いの女性が恋しくなる自分がいた。


「グリージョ……」


 ルーチェは小さくその名を言って胸を痛める。冷たい眼差しで拘束呪文を唱え、自分を地下牢へ送り込んだ彼。

 力を合わせて庭園や人工林の管理をしたこと、美しい観光地を旅行したこと、穏やかで優しくて紳士的な振る舞い。全ては社交辞令だったのだ。彼は敵国の軍人で、基地の長を務める大佐だ。自分のようなちっぽけな民間人捕虜など、相手にしていなかったのだ。

 そんな彼に、一瞬でも心を通わせたいと思ってしまったことを、ルーチェはひどく悔やんだ。


「私って、いつもこうよね。人の気持ちを察せないし、すぐ勘違いして、勝手に失恋した気分になっちゃう。昔からそう。職場の指導官、球技クラブの先輩に、サンティエだって……」


 ルーチェはハッと立ち上がり、見上げる。地下牢の天井は高く、通気のための窓から、僅かに光が入っていた。


「サンティエの馬鹿。私なんかの為に。きっとお人好しの彼に、保護管理員達が頼んだんだわ。サンティエだって、本当はこんなことしたくなかったはず……」


 ()()()()()()()、魔法の森保護管理員には血の気の多い人材が多い。任期を終えた兵士が試験を受けて再就職するケースが少なくないからだろう。堅実な研究肌タイプもいるが、少数派である。

 そんな保護管理員に圧倒されて、サンティエは危険を冒してヴィータに来ていると思うと、ルーチェは申し訳無さでいっぱいだった。


「無事でいて、サンティエ……」


 ランプの中の炎がグラリと揺らめいた。


■■■■■


 『国王以外侵入不可の最聖地』。魔法の森自体がヴィータの聖地だが、ここは更に神聖な場所とされている。魔除けと結界術を操る賢者が、この地を守ってきた。

 グリージョ達が管轄する魔法の森敷地は、『果ての山』を含んでいる。『果ての山』の麓に最聖地がある。エテルネル侵入者達は山腹にいた。

 グリージョは唇を噛みしめる。『果ての山』で2年前に小規模の地すべりが発生したのだ。位置がズレていたのと、ザッフェラーノが魔力最大に結界を張ったので、最聖地への被害は免れた。しかし、グリージョやザッフェラーノが土石災害対策を提言しても、上層部の許可が下りずそのままになっていた。自然の専門家である保護管理員が見れば一目瞭然だろう。彼らがそれを見越して場所を決め、自分達を待ち受けている可能性を考えると、状況は厳しいとしか言えないのだった。


■■■■■


 中腹の拓けた地の手前で、先発隊の一人が手を振って出迎えた。グリージョは追加隊兵士達に、先発隊と合流するよう指示した。グリージョとザッフェラーノは馬から降り、即席の現場司令地点へ向かう。傘のように葉が茂っている大木の傍で、先発隊隊長のラメット少佐が出迎えた。

「ファロ大佐、賢者ザッフェラーノ様」

 ラメット少佐は敬礼する。


「現状は?」


「こちらから交渉人を呼ぶと伝えて以降、先方からの動きはありません」


 短く刈り込んだ後頭部と男性と見紛う身体つきとは裏腹に、ラメット少佐は軽やかなソプラノ声で話す。

 グリージョは盾を構えその裏でしゃがんで構える兵士の向こうを見た。拓けた芝生の上に革鎧の軽装の男が一人と、その傍にベージュジャケットの男が立っている。その奥や近隣の木陰には、別のベージュジャケットと脚が長くて太い大きな鳥らしきものが見える。

「あの鳥は何だ?」

「調べさせたところ、ファットリッチという魔獣のようです。南方の国では一般的な家畜だそうです」

 ラメット少佐は回答する。


「ロープを置いておる場所は外側結界を示しておる。先方が置いたのか?」とザッフェラーノ。


「はい、我々が到着した時点で設置されていました。

 我々の目視範囲では、ロープの内側に人や物は入っておりません」


「それは間違いない。最初の反応以降、意図的な接触は起きておらん。連中の交渉意志は本物じゃろうな」


「交渉の相手はあの軽装の男か?」


「はい。サンティエ・タンドレスと名乗っております」


 ラメット少佐の返答がズシリと重く聞こえた。サンティエ・タンドレスの力や魔法の系統を素早く見抜いて、次の手を考えなければ、軍は危機に陥る。


「話をしに行く。私が送るサインを見逃すな」


 グリージョは前方へ歩いて行った。


 基地の方角から、遠く雷音が聞こえた。ザッフェラーノは振り返る。濃い灰色の雲がこちらへ迫ってきていた。

「難儀じゃのう……」と賢者は呟いた。

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