43、デゼルトの告発
グリージョは書面を折り畳み、懐に仕舞った。
「トルメンタをここに呼ぶ。ルーチェはザッフェラーノ達とここにいろ。絶対に離れるな。私も森へ向かう」
ルーチェは頷くしかなかった。サンティエが運命の裂け目を越えてヴィータにやって来たことが信じられなかった。この目で確かめたいという気持ちになったが、グリージョの表情を見れば、それは叶わないと思わざるをえなかった。
バンッと荒っぽくドアを開ける音がした。ファロ隊兵士が振り向く。入室者に気付き、すぐ横にそれた。
「デゼルト、どうしてここにいる?」
グリージョは言った。
「ファロ大佐こそ何をしてるのですか? この緊急事態に」
デゼルトは四角い眼鏡を人差し指でクイッと上げながら言った。式典用の軍服や前髪を上げた薄茶色の髪がしつこく光っている。背後の兵士は、空洞杉移植に参加した2人だとすぐに分かった。
「これから魔法の森に入る。デゼルト少佐は応援部隊が到着した際の調整を頼む……」
「そこの捕虜女はどうするつもりで?」
遮るようにデゼルトは言った。眼鏡の奥の紫色の瞳が怪しく光る。
「ここで待機させる」
「ご冗談を。この女は危険人物ですぞ?」
そう言ってデゼルトはルーチェを指差す。
「お前のことは調べた。ルーチェ・アルカンシェル。お前の両親は、あのヴェリタと手を組み、ヴィータ軍の情報を調べていた。お前はエテルネルのスパイだな!?」
「違うわ! ヴェリタなんて知らない!」
ルーチェは言い返した。
「デゼルト、ヴェリタとは一体?」とグリージョ。
「とぼけるのは止めてください。
ファロ家とヴェリタ家の関係を隠すおつもりですか?」
デゼルトの言葉に、グリージョは困った顔をしたのをルーチェは見た。
「失礼します!」
更にドアから別の兵士が入ってきた。
「今度は何じゃ?」とザッフェラーノが呟いたが、誰も聞いていない。
「先発隊からの報告です!
結界付近で、人物を確認いたしました。最低5名とのこと。一人を除き全員がベージュ色の服装で『魔法の森保護管理員だ』と名乗っているそうです!」
ルーチェは言葉を失った。デゼルトが刺すような視線をこちらに向ける。
「ルーチェ・アルカンシェル。お前の職業も魔法の森保護管理員だと言ってたな。森に携わる者が聖地を冒すとは、エテルネル人の民度の低さには呆れ返るな」
デゼルトはグリージョの方を見る。
「ファロ大佐。この女が敵国民の越境を誘発させていないと、証明出来ますか?」
デゼルトはカツンカツンと木の床をわざとらしく鳴らしながらグリージョに近付く。
「大事な大事な式典の日に。まぁ私はとっくに貴族の祝賀祭を済ましましたから、このオマケ程度の式典なんて参加はしませんが。とはいえ、式典当日に野蛮なエテルネル人の汚い足が聖地に入るとは、背筋が凍る怖ろしい事態ですな。これは貴方だけが責任を取れば良いという話ではない。一体、何人の未来ある国境防衛軍兵士の首が飛ぶでしょうなぁ……」
ルーチェはグリージョを斜め背後から見ている。彼の表情が見えない。ネチネチとしたデゼルトの顔だけが視界に入る。嬉しそうに見えるのが不愉快だった。
「もう一度確認しますが、このエテルネル人捕虜はどうなさいますか? スパイと犯罪誘発の疑いがある女ですぞ?」
「……地下牢に入れる」
グリージョの重い声が響く。ルーチェが口を開く。
「待って、グリージョ! サンティエや保護管理員がいるなら、私が説得する。私が安全であることを知れば、彼らも無茶はしないはず。お願い、私を魔法の森に連れて行って!」
「ふざけるな! これ以上、我がヴィータの地を汚してなるものか。恥を知れ、意地汚いエテルネル女め」
デゼルトが間髪入れずに怒鳴った。近付こうとするので、ルーチェは身構える。
「ナインべヴェーグング!」
グリージョが聞き慣れない言葉を発した途端、ルーチェの身体に痛みが走る。何かに縛られているような感覚が全身を襲い、その場に座り込んだ。顔を上げると、そこにはニヤついたデゼルトが立っていた。
「拘束効果は一度につき3分程度だ。その間に発動条件を満たせば、そこから更に3分追加される」
グリージョはデゼルトを手で背後に戻し、ルーチェの前でしゃがんだ。初めて会った時と同じ鋭い目をしている。
「グリージョ、止めて……あっ!」
グリージョはルーチェの手首の魔法錠を指で摘んで引っ張った。すると、痛みがドシンと全身を襲った。
「錠を取り外そうと引っ張れば、拘束魔法が発動する」
次にルーチェの顎を掴み、グイッと目線を合わさせた。
「そして、抵抗や攻撃の為に魔法を使おうとすれば、同じく発動する。観念するんだな」
グリージョは立ち上がる。
「お前達、移動魔法でルーチェを運べ」と、報告に来ていたファロ隊兵士2人に命令した。
「大佐、捕虜連行は我々が……」
「デゼルト少佐に手間をとらしては悪い。少佐、応援部隊到着時の対応について打合せするぞ」
座り込んで苦しむルーチェの身体がフワリと浮いた。兵士2人が先に控え室を出る。続けて速やかにグリージョとデゼルト達が退室した。
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応援部隊の到着時刻は予定通りだと報告が入る。グリージョは残りのファロ隊ほとんどと、一部のデゼルト隊員に、森へ行くよう指示した。デゼルトには応援部隊受け入れ対応を命じた。デゼルトは「仰せのままに」と丁寧に返事した。
グリージョは急いで魔法の森入口へ向かう。
部下達が馬の準備をしていた。
「先発隊から返答は来たか?」
「はい。交渉の責任者を呼ぶと伝えたところ、先方は応じて待機しているとのことです」
「分かった。こちらからは絶対に攻撃をしかけるな。
先発隊に、私と追加隊が向かうことを伝えろ」
「承知いたしました!」
伝達係の兵士が手の平を擦り合わせると、ポンッと光る玉が出てきた。それにフーッと息を吹きかけると、光球はポーンと投げられたボールのように飛んでいった。
「グリージョ、儂も連れて行っておくれ!」
杖を持ったローブ姿の老人が走ってきた。
「ザッフェラーノ? 無理はするな」
「平気じゃ。さっきは祈りの後で油断してしもうた。
儂は聖地を守る賢者じゃ。現場に行かんと。お前さんの馬に乗せてくれたら安全じゃ」
ザッフェラーノはグリージョの返答を待たずに、部下を動かし、グリージョの後ろに乗馬した。
「お主にだけ伝えたいこともあるのじゃ」と声を潜めて言った。
グリージョは頷き、兵士達に出発の指示を出した。




