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42、祈りの時間

 バンテ達を残して、グリージョとルーチェは部屋に戻る。

「またねー」とバンテ達が手を振って見送ってくれた。


「バンテはあのままで良いの?」


「大丈夫だ。遠隔で指示出来るし、バンテ達が見聞きするものは、私にも伝わるようになっている」


「そうなの?!」

 ルーチェは休暇明けにザッフェラーノと会話したことを思い出した。バンテを通じて聞かれていたのだろうか? でも今に至るまで触れてこなかったのなら、聞こえていなかったのかもしれないと、ルーチェは考えることにした。


■■■■■


 グリージョの部屋に戻り、ルーチェは棚のポットを温め始め、傍に置かれている紅茶缶を手に取った。


「ありがとう。先に着替えてくる」

 グリージョはそう言って寝室に入って行った。


 ルーチェがお茶とお菓子を机に並べていると、ドアがカチャリと鳴り、グリージョが出てきた。

 普段と異なり、銀糸が縁取られた軍服を着ている。式典用だとすぐに分かった。


「素敵ですね」と思わず言った後に、ルーチェは照れて顔が赤くなった。


「そうか? 装飾が苦手で、あまり着たくないんだけどな」

 グリージョはそう言いながら椅子に座った。


「正午になったら、ルーチェは寝室で待機してくれ。今回私はこの部屋で王への祈りを捧げる」


「分かりました」

 ルーチェは返答した後、紅茶をすすった。


■■■■■


 寝室に戻ったルーチェはベッドに腰掛け、時計を見る。

 正午を示した針はカチカチカチと動き続けている。


 静かだ。

 秒針が妙に大きく聞こえる。ガラス窓の向こうからもほとんど音がしない。

 ルーチェはドアを見つめる。この先でグリージョは今ヴィータ国王へ祈りを捧げている。彼だけではない。基地にいる自分以外の全ての人間が祈っている。一体どんな気持ちで彼らは祈りを捧げているのだろうか。

 何日も過ごしてきたこの部屋も触れているシーツも、自分の物ではないと、改めて気付かされる。エテルネル人の自分は今、この空気から弾き出された状態のように感じた。

 しかし、この聖なる時間の傍にいることはとても貴重な体験だと、ルーチェは思った。


 コンコンコンコン


「はい?」


 グリージョがドアを開けた。

「祈りが終わった。ザッフェラーノのところで昼食にしよう」


 ルーチェはニコッと微笑み、部屋を出た。


 人気のない廊下を歩きながらグリージョは話しかけた。

「特に質問したりはしないんだな。祈りの時も静かに待っていてくれた。正直、敵国捕虜がドア1枚隔てたところにいる状態で祈ることに不安があったが、問題なく祈りに集中することが出来た。感謝する」


 突然礼を言われ、ルーチェは戸惑った。どんな顔をして良いか分からず、そっぽ向いたまま口を開く。


「余程のことが無い限り、異国の文化や風習や信仰には、敬意を払うべきです。両親が言っていました」


「へぇ。君のご両親は外交関係の仕事をされているのか?」


「いいえ。ただの役場職員です。でも趣味で文化研究をしていて。外国に関する本や資料がよく家に積まれていました」


 グリージョは興味深そうに聞いていた。


■■■■■


 外は曇り空だが、白砂蚕の布で覆われた魔法の森代替庭園は、僅かな光も白く反射させるので中は明るい。賢者ザッフェラーノは、今年一番の仕事を終え、フーっと息を吐いた。今まではすぐに退散しないと、何の虫にやられるか分からない危ない空間だった。今は清潔な空気が漂い、白い空間に映える緑の魔法植物が美しく配置された庭園である。ザッフェラーノはしばらくそれらを眺めてから、庭園を出た。


「グリージョ達はもうすぐ来るかのう……? うぐ?!」


 ザッフェラーノは庭園出入口の前でうずくまる。

 身体を襲う違和感。起きてほしくなかったことが起きたと悟る。しゃがんだまま杖を天に掲げた。


 バシュン!!


「あれは!」

 グリージョとルーチェは、庭園の方角の空に、赤い光が点滅して消えたのを見た。

「走るぞ!」


 2人が走っている最中に「カンカンカンカン」と鐘を叩く音が響く。ルーチェは緊急事態だと理解した。


「ザッフェラーノ!」

 園庭の前に到着したグリージョは、ザッフェラーノの身体を起こす。賢者の顔は青く、汗をひどくかいていた。

 遠くから森へ向かう蹄の音が、ルーチェの耳に届いた。


「控え室に行くぞ」グリージョは小柄な老人を背負い走る。ルーチェは先に入り、ザッフェラーノが座る椅子を整え、ジュースを温めた。


「隊は向かったのかのう?」

「私の先発隊が出発した。応援手配も始まってるはずだ。ザッフェラーノ、まずは身体を楽にしろ」

 グリージョは老人を宥めるように言った。


「ルーチェ、ザッフェラーノを頼む。通話機を借りるぞ」

 グリージョは作業机に置かれた通話機を手に取る。短くハッキリとした声で指示を出していく。


「ファロ大佐!」

 ファロ隊の兵士が控え室に入ってきた。

「聖地侵入者と思われる者から書面が届きました。鷹が運んできました」


 グリージョは書面を受け取り、広げて読んだ。表情が一気に険しくなる。そして振り返りルーチェを見た。


「グリージョ……?」

 ルーチェが恐る恐る声をかける。


「『エテルネル人による最聖地侵入を避けたくば、ルーチェ・アルカンシェルを引き渡せ』と書かれている」


 ブワッと身体中が逆立つ心地がした。

「誰が、そんなこと……? 軍が?」


「民間の非公式団体によるものらしい。律儀に署名してある。お前も私も知る名がある。

 『サンティエ・タンドレス』」


 ルーチェは目を見開き、手で口を塞いだ。


■■■■■


 メガネをかけ直して、サンティエは空を見上げた。

 雲の色が濃くなっている。一雨降りそうだ。森の中は霧でぼんやりとした視界になっている。

 サンティエやジル達がいるのは、ヴィータ人達が最聖地と定めている場所だ。結界が張られており、今はジル達が結界のほんの少し手前にロープを置いて目印を作っている。ヴィータ兵士が来た時、自分達が足を踏み込むか否かの交渉するには、現在は入っていないと主張する必要があるからだ。


「帰ってきたわ」

 保護管理員の女性の肘に鷹が止まった。鷹使いでもある彼女の鷹に、ヴィータ軍へ手紙を送ったのだ。


 「俺達は間違ったことをしてないッス。堂々と名前を書いてやるッス」というジルの言葉で、今いるメンバー全員の署名が入った書面を用意した。

 しかし、その書面はサンティエの服の胸ポケットにしまっている。鷹の鉤爪に持たせる際、コッソリ違うものとすり替えたのだ。それがどういう結果を招くか、サンティエも想像つかなかったが、今は一旦置いておくことにした。


 鷹使いの彼女によると、基地では既に軍が反応し、第一隊がこちらに向かっているとのことだ。

 サンティエは息を呑み、ヴィータ兵士がやって来るのを待った。

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