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39、違法越境

 嫌な予感がする。

 タンドレス氏は思った。

 彼の手には『軽薄エテルネル女の哀れな末路』という記事のビラがある。不真面目な部下がニヤニヤしながら会社で読んでいたので没収したものだ。実際の場面を瞬間的に描く現像魔法絵。ヴィータ兵士から辱めを受けていると思われる女性は、知る人が見ればルーチェと分かる。しかし読んでいた部下はこれを趣味の悪い映像作品紹介だと思っていたらしい。「どうせなら、もっとエテルネル受けする女優を使えば良いのに」と言っていたのをタンドレス氏は聞いた。


 こんなものが出回っているとは。サンティエやアルカンシェル家はもう見ていると確信して良いだろう。そうなるとサンティエは動く。恐ろしい程に静かなのがその証だ。今すぐ帰宅し、サンティエを止めたかったが、どうしても外せない会議がある。タンドレス氏は自席で頭を抱えた。


■■■■■


 仕事を早めに切り上げ、タンドレス氏は急いで帰った。ダイニングには妻と孫娘のアルエットがいた。


「アルエット、どうしてここに? 学校は?」


「今朝言ったじゃない。放課後ウチに来て、しばらく泊まるって。アルエットのレポート作成を手伝うのよ」


 夫人の説明を聞いて、タンドレス氏は「そう言えば」とつぶやく。ダイニングテーブルには、教科書とノートが広がっていた。


「なぁ、()()はどこにある?

 ほらサンティエの、ドラゴン退治か何かで使った……」

 タンドレス氏は帽子も取らずに尋ねる。


「ドラゴン退治? サンティエのものはサンティエの部屋以外にはありませんよ。

 私達はこれから出掛けますね。友人がディナーに招待してくれたの。アルエットも連れて行くわ」


「分かった。サンティエも今日は遅いのか?」


「さぁ、聞いてないわ」


 夫人の返事と同時にタンドレス氏はサンティエの部屋に向かう。中に入り、クローゼットや棚を探る。


「ない……」

 タンドレス氏は息を呑んだ。

 ()()を持ち出したということは、ほとんど黒で間違いないだろう。


 タンドレス氏は寝室に戻る。名刺ファイルの中から、特別捜査室の連絡先が書かれた名刺を取り出した。

 貿易とは信頼が第一だ。身内の犯罪を知っていて見逃すことは、加担しているも同義だ。

 彼はリビングに戻って電話をかけた。


■■■■■


 タレコミとしては弱いが、実の父親の通報というのが気になった。トレンチコート姿の警察2名は、魔法の森保護管理局に向かった。


「違法越境の可能性、ですか?」

 受付の保護管理員は胡散臭そうに二人を見る。

 長身の中年男と、それより若い中肉中背の男。


「そうだ。だから今すぐ運命の裂け目に案内してほしい」


「いくら警察だからって、急には勘弁ッスよ。

 こっちで深夜パトロールはしますし、侵入者がいれば魔法柵が反応して知らせてくれるッス」


「じゃあそのパトロールに同行させてくれ」

 若い方が言った。


「それは無理ッス。保護管理員以外の人間がいると、準備や荷物も変わります。人手不足なんで手配出来ないッス」

 

「どうしても案内しないんだな。

 違法越境容疑者の中に保護管理員も含まれているらしいんだが?」

 長身の方が凄みを効かせて睨む。


「はい、お断りッスね。明日朝一捜索なら、こちらの申請書を今書いてくれたら特別に受け付けるッス。

 あと、保護管理員が越境を企んでいると言いたいんスか? 馬鹿にしないでください。ここの保護管理員達は国境防衛も仕事の1つなんスよ。どうしてもって言うならエテルネル軍に報告しないといけないッス。本当に越境の可能性があるなら、これは軍が動く話ッス」


 軍という言葉を聞いて、二人は躊躇した。ヘラヘラした若者に見えて、意外と頑な態度だ。警察二人は一旦下がることにした。四苦八苦しながら申請書に記入し、保護管理員に提出した。


「はい、じゃあ明朝7時にまたここに来てくださーい。

 ご苦労様ッス〜」


 警察二人は保護管理局を後にした。


 ドアが閉まった瞬間、ジルは大きく息を吐いた。


■■■■■


「先輩、どうしますか?」

 若い方のトレンチコート男が言った。


「一般エリアだけでもザッと見ておこう。声をかけられたら謝れば良い」


 二人は無申請のまま魔法の森に入っていった。

 日は落ち、ポツポツとした外灯の明かりが浮かぶ。


 ガサッ


 二人は振り向く。あの音は人間だと直感した。

「追いかけるぞ!」


 暗い森の中をスタスタと進む人影が見える。

 細身でコートを着ているようだ。保護管理員の服ではないことは分かる。二人はタレコミの言葉を思い出していた。


 人影の動きは、茂みの向こうで止まった。二人も立ち止まり、様子を見る。するとヒラヒラと花びら舞ってこちらまで届いてきた。


「何だ、これ?」若い方がつぶやく。


「これは、魔法だ!」

 長身男が茂みの方へ走った。


■■■■■


「キャッ?!」「何?!」


 男二人が飛び出した先にいたのは、女性と少女だった。

 暗がりだったが、先方がランプの明かりを強くし、互いに姿を見やすくした。

 人影は女性のものだったのだろう。背が高く、スラリとしている。年齢は自分達よりも上らしく、非常に魅力的な女性だった。傍にいる赤毛の三編み少女の手からは花びらが飛んでいた。


「警察だ。ここで何をしている?」


 警察と聞いて、先方は少し安心したような顔を見せた。

「孫娘の勉強と魔法訓練の付き添いですわ」


「こんな夜に? 保護管理員無しでか?」


「いいえ、同伴ですわ。今、備品を取りに行かれてるの。

 今夜はここで星座観測をしますのよ」


 女性の様子に怪しさは見られない。二人は口を閉ざした。


「あら!? 誰? 保護管理員同伴は?」

 甲高い声と共にベージュジャケットの女性が現れた。ふくよかな体型の保護管理員だった。


「我々は警察だ。同伴はない」


「同伴無しですって?! ここまで来る途中にどんだけ貴重な魔草を踏んづけて来たのかしらね?!

 貴方達、魔法動植物保護管理法はご存知ですよね?

 警察だからって、許さないわよ!」

 女性保護管理員はギャーギャー喚いた。


「すまない。速やかに立ち去るから見逃してくれ」


「早く、ここから出てください。このランプを当てて、光る場所は踏まないように戻ってください。道を間違えたら音が出るようになってます」

 女性は小型ランプを渡す。


「危険や怪しいものがあればすぐに知らせてくれ」

 そう言って警察二人は戻って行った。


 二人の背中には花びらがくっついているが、本人達は気付いていないようだ。


■■■■■


 タンドレス夫人とアルエットは、大きく深呼吸した。

「作戦成功かしら? 手助けしてくれてありがとう」


 タンドレス夫人は隣の保護管理員の女性に礼を言った。


「気にしないで。私もルーチェを助けたい気持ちは同じよ」

 そう言って女性はアルエットを見る。


「丁度この子と同じ位の頃よ。やる気のない学生に混じって、ルーチェは魔獣駆除ツアーに参加してたの。とても熱心な子だったのに、私キツめに注意しちゃって。それから10年後には、本当に保護管理員になっているんですもの。絶対ルーチェには戻って来てほしいわ……」


 タンドレス夫人は見る方角を変えた。その先に運命の裂け目がある。


「行きなさい。サンティエ」

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