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37、お祭り気分

 夜遅く、サンティエは安ホテルを出て帰宅した。

 家に入る前にそっと隣のアルカンシェル家を訪ねる。


「サンティエ、どうした?」

 アルカンシェル氏が出てきた。


「夜分すみません。どうしてもお願いがあって……」

 サンティエは小声で話す。

 アルカンシェル氏はサッと周囲を確認してから彼を招く。

 ダイニングテーブルの真ん中に小型ランプを置き、最低限の明るさの中2人は向き合った。


「ヴィータの魔法の森国境防衛軍が、いつ式典に参加するのか知りたいのです。アルカンシェルさんの方で調べることは出来ませんか?」


 アルカンシェル氏は目を見開く。

「攻め込む気か? エテルネル軍ですら、建国記念日は攻撃しないのだぞ」


 両国は長い歴史の中、幾度も戦争を始めたが、互いに攻撃しない期間があった。それは両国の建国記念日だった。敵国であっても国の式典を乱す行為は、不道徳だとされてきた。国際的にもその認識は強く、両国も大まかな式典期間は公表している。


「我々は政府でも軍でもありません。それに、敵国の式典さえも躊躇わない姿勢を見せることが重要だという結論に至りました。

 実は既に日程は特定出来ているのです。しかし、デマの可能性も捨てられない。貴方にこの情報が本物か見極めてほしいのです」


 アルカンシェル氏は長い白髪の先をギュッと握り締める。

「ヴィータ王国では兵士の式典参加の際は、厳密に期間と人数を調整している。毎年割振りはランダムだとされているが、振り方を見ていくと、一定の法則に基づいていると言われている。それはヴィータ王国軍史に関連性がある……と研究していた知り合いが昔いた。

 調べてみる価値はあるかもしれない」


 アルカンシェル氏はサンティエの顔をじっと見る。

「本当に行くのか? ルーチェを助ける為に?」


「はい、もちろんです」

 そう答える彼の目は強く光っていた。


■■■■■


 旅行から戻ってきた翌日朝食中に、グリージョは言った。

「もうすぐ建国記念日だ。しばらく忙しくなるから気を引き締めていけ」


「建国記念日って、こちらの国では何日も首都がお祭りになると聞いたことがありますが、それのことですか?」


「そうだ。一部兵士を除いて皆式典に参加する。だから残る兵士は参加者の仕事を引き継ぐ必要がある。

 ルーチェは当然こちらに残る側だ。庭と『ルーチェの森』管理を1人で出来るように、準備しておけ」


「分かりました。グリージョも参加しないんですね?」


「そうだ。首都でのことは中佐に任してある。式典に参加しない代わりに、昨日までの休暇だったんだ。

 あと、ルーチェを還す件も、式典が全て終わってから対応することになる。悪いがもうしばらく辛抱してくれ」


 ルーチェは「分かりました」と返した。

 式典が終わるまで、グリージョと一緒にいられると思うと、何だか嬉しい気持ちになる。そんな自分がいることを、ルーチェは懸命に振り払おうとした。


■■■■■


「休暇は楽しかったかの〜」

 ザッフェラーノが体操しながらニコニコと尋ねてきた。


 ルーチェはバンテ達と、移植した空洞杉林の手入れをしていた。この人工林は『ルーチェの森』と名付けられた。反対する者はルーチェしかいなかったので多数決でこうなった。


「はい、とても。

 料理は美味しく、街並みやホテルは美しく最高でした」

 ルーチェは片隅で育てている薬草の葉を摘みながら言った。

 幅広のリボンのように長い葉を持つこの植物は、非常に水分を多く含んでおり、殺菌効果もあるので「火傷薬に」とカモミッラが植えてくれたものだった。


「グリージョと過ごせたしのぉ〜」


 ザッフェラーノの含みを持たせた言葉に、ルーチェは眉根を寄せる。

「変なことを言わないでください。()()()()()は紳士でした。トルメンタも一緒でしたし」


「まぁ、グリージョじゃしな。そうかぁ、()()()()()かぁ」

 ザッフェラーノはヒヒヒと笑っていたが、ルーチェは無視することにした。


 最後の夜、グリージョの部屋でのことは、魔が差したのだとルーチェは思っている。そんな自分を、冷静に優しく紳士にグリージョは応対してくれた。ルーチェはとても感謝していた。何かを起こしていたらお互いマズかったに違いない。


「る〜ちぇ〜、えだ〜」

 バンテ達が呼びに来てくれた。毎朝グリージョが創るバンテ達は、人工林の健康状態そのものを現している。誰よりも木々や土のことを把握しており、傷んだ根や枝の場所を教えてくれるのだ。


「間伐する枝が決まったのね。ありがとう、すぐ行くわ」

 ルーチェは控えテントに薬草を置きに行ってから、バンテと一緒に空洞杉の方へ向かう。


 式典参加で忙しくなるのは本当なのだろう。グリージョは朝バンテを創ってからは、ルーチェの監視をザッフェラーノに任せている。カモミッラもオルソビアンコも姿を見せていなかった。


■■■■■


 翌日の昼食中に、カモミッラとオルソビアンコが魔法の森代替庭園傍のザッフェラーノの控え小屋にやって来た。


「ルーチェ、首都のお土産は何が良いかしら?

 これがオススメのお菓子よ」


 カモミッラは持ってきた観光ガイドブックのページを開きながら言った。アイシングされた美しい焼き菓子の絵が並んでいる。ルーチェも思わず口元が綻ぶ。


「カモミッラ。俺達は仕事の引き継ぎに来たんだぞ?

 それに首都に行くのは旅行じゃないぞ。式典参加という軍として名誉ある任務の為だ」

 とオルソビアンコは言った。


「もう、うるさいわね!

 あ、そこの資料をルーチェ用にまとめといて」

 カモミッラはオルソビアンコにそう返すと、ルーチェとどのお菓子が良いか、会話を続けた。


「そりゃあ俺は15歳も下だけど、一応同期だし。先に幹部に昇格してるのに……」

 オルソビアンコはぶつぶつ小声で文句を言いながら、資料整理を始めた。


「まぁまぁ、こんな辺境ド田舎常駐じゃと、仕事でもお祭り気分になるわい。お前さんも、式典の合間は買い物や観光を楽しんできなされ」


 ザッフェラーノはホットハチミツドリンクを飲みながら言った。そして、オルソビアンコに近付き耳打ちした。


「で、その時に大きな書店に立ち寄ってな。

 ジェンマの最新画集を買ってきてくれんかのぉ……?」


「ジェンマ?」


「儂のお気に入りの官能画家じゃ。金は渡すから、お前さん用も一緒に2冊買って来ても良いぞ」


 オルソビアンコの瞳からスーッと光が消えていった。


■■■■■


 魔法の森国境防衛軍基地内は、来る式典の日に向けて、行進や軍礼の練習に取り組んでいた。兵士達のワクワクした空気がルーチェにも伝わり、グリージョ同様に心から楽しんできてほしいと思うようになった。


 そんな時期だったからこそ、彼らは気付きようがなかった。エテルネルに思いもよらない匿名記事がばら撒かれていたということに……。

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