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34、サンティエの武勇伝

 ドアが閉まる音がしてもなお、ルーチェは涙をハラハラ流したまま動かなかった。


「少しでも気休めになればと思って、エテルネルで人気だという茶葉を用意してもらったんだが。かえって君を苦しめてしまったな」

 グリージョは下唇を嚙み締めた。


「え? 私、泣いてる?」

 数秒経ってからようやくルーチェは顔を上げた。頬に触れて泣いていることに気付き、我に返る。

「すみません! 急に懐かしい気持ちになっちゃって」

 ルーチェはカップを置き、バッグからハンカチを取り出そうとした……が、グリージョが先に灰色の絹ハンカチーフを差し出していた。


「ありがとうございます」

 トントンと頬を抑えてから、カップを持ってすする。

「美味しいです……」ルーチェは口元に笑みを浮かべる。


「私に隠し事はするな。シルバーローズティーは好みじゃなかったのか?」

 グリージョは肘をついて言った。ルーチェは苦笑いする。


「すみません。本音を言うとあまり美味しくないです」


 その回答にグリージョは「そうか」と残念そうに返した。


「でも、とても嬉しいわ! エテルネルで流通してるものを入手することは、簡単でないでしょうから。ただ、ごめんなさい。正しく言うと『もっと美味しいシルバーローズティーを普段飲んでいる』なの」


 グリージョは目を見開く。

「一応最高級茶葉だし、マスターのお茶の淹れ方は私も一目置いているんだぞ」


「何だか風味が違う。水か加工技術の違い? 友人がカフェを経営してて、シルバーローズティーが看板商品なんです。私も子どもの頃から()の淹れるお茶を飲んでて、そっちの方が美味しいって思っちゃったんです。慣れた味だからかな……?」


「その()とは、お前が魔法の森に呼んだ魔法使いと同一人物か?」と、グリージョは割り込んだ。


 ルーチェはギクリとした。彼の目が鋭くなっている。

「尋問ですか?!」


「いや、今は休暇だ。聞いたところで、調べさせるようなことはしない。それに犯罪容疑者でもないエテルネル民間人のことを調べるのは面倒だしな」


 ムムムとルーチェはしばらく黙り、お茶を一口飲んでから話し出す。


「そうです。私の友人兼カフェ店主兼魔法大学首席魔法使いですよ」


「加えて、君の恋人または婚約者か?」


 ルーチェは齧りかけたクッキーを落とす。


「ちちち違います! サンティエはただの幼なじみ!

 サンティエにはレムーヴっていう賢くて美人の恋人がいて、私なんか全然相手にならない……」


 ルーチェの顔は赤くなる。再びシルバーローズティーに目を落とす。グリージョは彼女が「サンティエ」と名を言ったことについて触れないでいた。


「私がこっちに来てから、向こうはどうなっているんだろう? エテルネルの軍や警察に捕まったりしてないかしら?」


「少なくともヴィータ側は捕虜のお前以外のエテルネル人について言及はしてない。

 友人は何ら問題を起こしてないし、むしろ少女を保護した。にも関わらず、彼に処罰を与えるような国なのか?」


「それは多分無いと思います。

 事情聴取はあるかと思いますが……」


 グリージョに言われてルーチェの気持ちは落ち着いてきた。もちろんサンティエも両親も心配していないことはないだろう。ただでさえ、情報を得にくい国なのだ。せめて、有りえない程の高待遇で自分は過ごせていることが、皆に伝わってくれたら良いのにと思う。


「サンティエも、私がいなくなった方が、レムーヴに会いに行きやすいだろうし。私、そそっかしいからサンティエがいつもフォローしてくれて。だから余計に会いに行きにくいんだわ。時々レムーヴがカフェに来る時は、彼も懐かしそうにしてたの。だから私の心配は程々にして、自分のしたいことをしてほしいな……」


 ルーチェがひとりごちるのを、グリージョは静かに見守っていた。


■■■■■


「スイーツのおかわりいかがですか? サービスです」

 マスターが焼き菓子を持って現れた。

「お茶はいかがでした?」


「とても美味しかったです」

 ルーチェはニコッとマスターに笑顔を見せた。


「カフェを経営してる友人の淹れたお茶の方が美味いらしい」グリージョが言った。

 ルーチェは「何で言うの?!」と大声で言う。


「そうなんですか。ちなみにどこのカフェです?」

 落ち着いた様子でマスターは尋ねる。


「内密だが、彼女はエテルネル人だ」


 マスターは驚いた顔でルーチェを見る。

「ああ、そうでしたか」とすぐに表情を戻した。


 ルーチェはどうして彼があっさり自分の正体をバラすのか分からず困惑した。


「では仕方ないですね。シルバーローズティーをヴィータで入手するには、大変時間と手間がかかりましてね。茶葉の品質や鮮度は輸入量トップのエテルネルには敵わないでしょう」


「ルーチェ、マスターは外国人就労者としてこの国でカフェを経営している。しかし生まれ育ちはヴィータだ」


 ルーチェは首を傾げる。


「40年前の国境付近で発生した地上戦のことはご存知ですか? 私は当時民間人で、国境を越えて避難したのです」


 ルーチェは頷いた。学生時代に歴史の授業で習った。勉強苦手なルーチェでも強く印象に残っている。

 史上最大規模の民間人死者を出した地上戦である。避難勧告が出ず、両国境の街が突然襲撃され、難民も大量発生した。この地上戦は諸外国からも非難を浴びた。普段はヴィータの悪口を言って終わる歴史科教諭が「エテルネルが二度と繰り返してはならない過ち」と語っていたのだ。


「避難先で国際難民支援団体に助けてもらい、当時子どもだった私は避難先の国で国籍を取得しました。

 そして外国人としてヴィータに戻ってきました。その為私はエテルネルに行けるのです」


「国や軍の規制が厳しい中、民間人は隙間をすり抜けてエテルネルと交流している。マスターはその代表例さ。彼でないと仕入れることが出来ない茶葉や豆が沢山あるんだ」

 グリージョは補足する。


「話を戻しますが、そのカフェの名を教えてください」

 マスターはニッコリと微笑んだ。


 ルーチェは口を開く。「カフェ・タンドレスです」


「カフェ・タンドレス! では、貴女はサンティエのシルバーローズティーを日頃飲んでいるのですか?!

 それはお手上げだ!」


 マスターは大声で言った。


「サンティエを知っているのですか?」

 今度はルーチェが驚く。グリージョもマスターを見る。


「この業界では伝説ですよ。彼しか持ってない希少種茶葉の流通パイプが幾つもあります。

 私もブルーシルバーローズティーを一度飲んでみたくてカフェに行ったことがあります」


「そうだったんですか」とルーチェ。


「噂ですけど、彼はブルーシルバーローズの苗木を入手する為に、自生する唯一の地、ブルードラゴンの寝床に行ったとか……」


「ああ、確かに鱗とか脱皮殻とか持ち帰ってましたね」

 とルーチェ。


「ブルードラゴン?! 危険度SSランクの魔獣だぞ。軍隊が必要なレベルだ。彼は現地の軍に協力させたのか?」


「いいえ、数名のパーティで行ったと聞きましたが……」


 マスターは噂が真実らしいことに胸を踊らせていた。一方グリージョはあり得ない民間人の存在に恐れをなしていた。

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