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32、カンツォネッタを聴きながら

 2人はホテルに到着した。中央にオレンジ色のドーム型天井の塔があり、左右に等間隔で尖塔が並んでいる。間を繋ぐように白レンガが積まれ、上品なデザインの窓が均等に配置されていた。

 リゾートホテルのようなレジャー設備や雄大さは無いが、落ち着いた隠れ家のような雰囲気のホテルだった。

 白手袋をはめたドアマンが腰低く2人を中へ招く。フロントからクルンとした黒い口髭の紳士が駆け寄ってきた。


「ファロ様、ようこそお越しくださいました。

 どうぞ心ゆくまでお寛ぎください」


 紳士はホテルのコンシェルジュだろうか。ドアマンと同じ深緑色の制服を着たポーターもやって来て2人を部屋へ案内する。

 カタカタ鳴るエレベーターを待ちながらルーチェは考えた。まさかグリージョと同じ部屋なのか。彼は自分に「()()()女性として振る舞うように」と言っていた。

 エレベーターを降りて絨毯の廊下を進む。ポーターは1つのドアの前で立ち止まり、鍵を差し込み開けた。

「それでは失礼いたします」


 ルーチェの体温が一気に上昇する。グリージョが「入れ」と言うので、入るしかない。ガチャンと背後でドアの閉まる音がした。


「おかえりなさい、大佐、ルーチェ」

 談話室にトルメンタが立っていた。


「トルメンタ!」

 ルーチェは思わず彼女の方へ走る。

 トルメンタはメイド服ではなく、茶色のボレロとフレアスカート姿だった。クルミボタンがあしらわれたデザインで、地味だが上品で可愛らしさもある。髪はいつもと同じカップケーキのように後ろでまとめている。


「ディナーまで休もう。ルーチェ、お前はトルメンタと部屋に戻れ」

 グリージョがジャケットをハンガーにかけながら言った。


「行きましょう、ルーチェ。少し休憩したら、着替えてお化粧も直すわよ」

 トルメンタは相変わらず楽しそうにルーチェを連れて部屋を出た。


 グリージョとルーチェはホテルのリストランテで食事をした。昼と違いドレスコードがあり、ルーチェはカチカチに緊張してしまった。折角用意してもらったエメラルドグリーンのカクテルドレスも、タキシード姿のグリージョも、繊細で美しい料理も、ホールを彩る優雅なピアノ演奏も、ほとんど認識する余裕もなく部屋に戻った。

 ルーチェがヘトヘトになって部屋に戻ると、トルメンタは微笑ましいという風に彼女の世話をした。


■■■■■


 翌朝、ルーチェはトルメンタと遅めの朝食を部屋で摂った。今日はグリージョとは日中別行動とのことで、のんびり支度をして2人で散歩をすることにした。

 海が見たいというルーチェのリクエストに応えて、2人は砂浜を歩く。濃いブルーの海とベージュのサラサラした砂。潮の匂いを存分に味わいながら、ルーチェはトルメンタとお互いについて話した。今までこんな風に雑談などしたことがなかった。


 そこでルーチェは初めて、グリージョが自分より7つ上の34歳であることを知る。そしてトルメンタは、「36歳、独身よ」とのことだった。思っていた以上に年上の彼女に、ルーチェは正直驚きを隠せなかった。


 歩いた先で雰囲気の良いカフェを見つけた。2人は浜辺に面したウッドデッキの席でランチにした。ルーチェがお金のことを懸念すると、トルメンタが「問題ないわ」と支払ってくれた。予めグリージョから費用を受け取っていたのだろうとルーチェは考えた。


 午後はお店が並ぶ大通りに出て、ルーチェの身の回り品の買い物をした。靴やハンドバッグに化粧品。滞在中に必要だからとトルメンタはどんどん購入していく。やがて荷物が増えたので、運転手が店の前までやって来て、2人と荷物をホテルへ運ぶ。

 経験したことのない優雅な体験に、ルーチェの胸踊る一方で、敵国捕虜の自分がここまで贅沢しても良いものなのか複雑な気持ちも残った。


■■■■■


 ディナーはグリージョと一緒にホテルを出て近くのトラットリアに入った。

「こっちの方が、お前も気楽に飯が食えるだろ?」

 グリージョの言葉に、ルーチェは少しムッとしたが、図星なので言い返すことはやめた。


 ホールの一角にアップライトピアノがあり、奏者がお辞儀をして座った。その横で恰幅の良い男性がカンツォネッタを披露し始めた。程よい固さのキングサイズベッドのように包み込んでくれるような、伸びやかで安定感のある声だ。


 1曲目が終わり、グリージョは「上手いな」と言いながら手を叩く。客の中には口笛を吹いて盛り上げる者もいた。その時、ルーチェは日中の会話を思い出した。


「グリージョは音楽が好きだとトルメンタから聞いたわ。ピアノも弾けるって」


「大したこと無いよ」


「でも、見てみたいわ」

 素直にそう思ったから出てきた言葉だ。グリージョはそれにかなり反応した。顔が赤くなるのをワインで誤魔化した。


「考えておく」

 2曲目のカンツォネッタが始まったので、会話はそこで中断した。

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