3、ルーチェとサンティエ
夜、タンドレス一家が食事をしていると、訪問者を知らせるベルが鳴った。
タンドレス氏がドアに向かう。すぐに夫人とサンティエも玄関に来るように呼ばれた。
「お隣に引越してきたアルカンシエルさんだよ」
タンドレス氏は訪問者達を紹介した。
サンティエは母親の後ろからそっと訪問者達を見た。
「あっ?!」
サンティエの声に一同は反応する。
アルカンシエル一家は夫妻と一人娘の3人だった。
その娘は、魔法の森で見た炎の魔法を使った女の子だったのだ。
「息子のサンティエ・タンドレスです。5歳です。
この子の7つ年上の姉は、現在学生寮に住んでいまして」
父親は咳払いをしながら言った。
「よろしく、サンティエ。
この子はルーチェ・アルカンシエル。君と同じ5歳だ。仲良くしてくれ」
アルカンシエル氏は、ニッコリと微笑んだ。ブロンドの長い髪を無造作に下ろしている。
アルカンシエル夫人も金髪で、ゆったりと纏め上げている。
娘のルーチェは、焦げ茶色の髪を三編みにしていた。身体を洗い、服を着替えたのだろう。さっぱりした姿をしていた。表情はとても暗かった。
「アルカンシエルさん達は、先日の空襲から避難してきたらしい。さぞ大変だったでしょう。
私達も15年前に村が戦争に巻き込まれて、この町に逃げてきました。何か困ったことがあれば、何でも言ってください」
と、タンドレス氏は言った。
アルカンシエル夫妻は丁寧な所作でお礼を言った。
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ルーチェはしばらく自室からほとんど出ずに過ごした。毎日昼夜問わず彼女は泣き続けた。抵抗されることもあったが、アルカンシエル夫妻は彼女に懸命に寄り添い、支えようと努めた。
ある日、サンティエが焼き菓子を持って訪れた。
アルカンシエル夫人はルーチェの了承を得て、彼を部屋に招いた。
「美味しいレモネードがあるのよ。持ってくるわね」
夫人は部屋を出た。
ルーチェはパジャマのままベッドから起き上がる。
暗い表情でサンティエを見る。
「この間はウッドディアーから僕を助けてくれてありがとう」とサンティエは言った。
ルーチェは目を開く。
「やっぱり、あの時の男の子なの? でも眼鏡が……」
「うん、僕普段は眼鏡をかけているんだ。
いっぱい魔法を使う時だけ外すんだ。
レンズが濡れると視界が悪くなるから」
サンティエは手のひらからぷくぷくと水を出した。
「君は炎を使うの?」
ルーチェはコクンと頷くと、指先からポッと火を出した。
「わぁ、凄い!」
「凄くないわ。危ないから使っちゃ駄目って言われるもの」
「火だもんね。あ、でも!」
サンティエはピンッと水滴を飛ばし、ルーチェの指先の火を消した。
「僕が消せば大丈夫だよ。今度、森に行こうよ。
僕も魔法を使って良いのは森の中だけって言われているんだ」
サンティエが笑うと、ルーチェも笑顔を見せた。
アルカンシエル夫人がレモネードを運んできた。3人は焼き菓子を食べる。ルーチェの終始楽しそうな様子を見て、夫人はとても嬉しく思った。
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その夜、アルカンシエル夫妻は話し合いの末、ルーチェの寝室に入った。
眠っている彼女の額に、夫人は手を添えると、ポッと額が光り、やがて消えた。
「これで、運命の裂け目に来た日以前のことは忘れたはずよ。何かの弾みで思い出す可能性はあるけど。
サンティエがルーチェを魔法の森に行こうと誘っているの。止めさせた方が良いかしら?」
「ここで暮らす以上、魔法の森と引き離すより、慣らした方が良い。ルーチェもいつか自分のルーツを知りたくなる日が来るだろう。森はその手掛かりになるはずだ」
アルカンシエル氏は穏やかな表情で眠るルーチェを見つめた。
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「パパ! ママ! おはよう!」
翌朝、ルーチェは元気な声でダイニングにいる夫妻に挨拶した。
「おはよう、ルーチェ。今朝は随分機嫌が良いね」
アルカンシエル氏は微笑む。
「うん! ずっと嫌な夢を見てたみたい。
でも今日見た夢はとても楽しかったわ!
クッキーで出来たお家の柱をガシガシ食べたの!
あー、お腹空いちゃった。レモネード飲みたいな!」
☆追加情報☆2025/11/08
ルーチェとサンティエが暮らす村の名前は、フロンティエール村です。
魔法の森があります。
※魔法の森とは:魔法資源がある地域を指す言葉。主にエテルネルで使われている。山・谷・海辺・遺跡と色々な地形でも「森」と総称される。




