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29、不思議な気持ち

 しばらく一同は大型空洞杉の前で、喜び称え合い、馬や運搬班達を労った。


「ルーチェ」

 グリージョがルーチェを呼ぶ。ルーチェはカモミッラから離れ、彼の元へ行った。

「先程の炎魔法は見事だった。感謝する」


 グリージョの眼差しは驚く程柔らかかった。ルーチェは胸の中をくすぐられた気がして、誤魔化す為に隣の土柱を見る。

「大佐が素早く魔法を発動してくださったから、杉も皆も無事に済んだのです」


「次回は、危機回避についてもっと対策を考えないとな」

 グリージョも同じ方向見た。それを知ったルーチェはどうしても落ち着かない。


「大佐ー! ルーチェ!

 ブラッドオレンジジュースが届きましたよ! 乾杯しましょうー」

 オルソビアンコの声が聞こえ、ルーチェは振り返った。パラパラと土柱から土が降ってきたことにルーチェは気付いていない。


「危ない! ルーチェ!」


 ドシーン!


 土柱は急に崩れ、盛り土と化した。周辺に泥が飛び散り兵士達も困惑する。


「大丈夫か、ルーチェ?」

 グリージョはルーチェを抱えて横に逃げていた。

 ルーチェは押し倒された状態になり、彼を見上げた。

「すまない。地形を変えないように、後でゆっくり元に戻すつもりだったんだが……。危うく生き埋めになるところだった」

 そう言いながらグリージョはルーチェの肩を抱き、優しく身体を起こした。

「いいえ、大丈夫です。私も不注意でした」

 ルーチェの心臓は激しく鳴った。


「大佐、ルーチェ、大丈夫ですか?!」

 オルソビアンコが声をかけた。気付けば他の兵士達も近くに来て、心配そうに見ている。


「ああ、問題ない。悪かったな。皆、泥だらけだ。

 洗濯係に怒られないように、土がこびりつく前に水洗いしよう」

 グリージョはそう言って紅色のコートを脱いだ。

 他の兵士達も続けて軍服を脱ぎ、上半身肌着姿になる。参加者には女性兵士もいるが、彼女達も構いなく袖無しの肌着姿になっていた。


「カゴを持ってきたわよー。まとめて水洗いしましょう」

 カモミッラが大きなカゴを載せた台車を引っ張ってきた。


 ルーチェも続けて軍服を脱ぎ、カゴの方へ向かうために走ろうとした。

「キャッ?!」

 何かにぶつかり、ルーチェは転んだ。ピカッと何かが光ったようにも感じた。


「すまない! よそ見していた!」

 若い男性兵士が言った。どうやら彼にぶつかったようだ。


「いえ、こちらこそ、すみません……」

 ルーチェは立ち上がり、兵士も隣にいた兵士と一緒に歩き始めた……


「待て! 止まれ!」グリージョが兵士の方へ向かった。

「ポケットのものを出せ」と、兵士を睨んだ。


 兵士は怯んだ様子でズボンのポケットから紙を出した。

 背後で見ていたルーチェは、それが現像魔法で描かれた写し絵だと理解した。

「他にも持ってないか?」

 兵士が黙っていると、グリージョは彼のコートを取り上げ、他の写し絵を取り出した。


 空洞杉の掘り起こしや運搬作業の様子が描かれているものの中に、移植作業中のルーチェが写っているものもあった。


「これは、作業記録の為です」若い兵士は言った。


「デゼルトの命令か? 今も撮っただろ?」グリージョの目は鋭く光る。尋問している相手はデゼルト隊の兵士なのだ。


「いいえ、自主判断です。貴重な体験なので……。

 先程のはぶつかって不意に発動したものです」

 兵士はグリージョが持つ絵を指差す。空洞杉が傾いた角度で描かれていた。


 グリージョはしばらく兵士を睨み、やがて写し絵を全て自分のズボンのポケットにねじ込んだ。


「非公式作業とはいえ、軍の機密事項だ。

 現像魔法使用は現場監督者の了解を得てからにしろ。

 これは全て没収する。以後、気を付けろ。下がれ」


 兵士は深々と頭を下げて走っていった。

 離れていた位置で待っていたもう一人のデゼルト隊兵士と合流し、ジュースを飲みに行く。

 彼らはニヤリと微笑んだ。デゼルトに提出予定の写し絵は、グリージョに見つかる前に仲間が素早く受け取っていたのだった。


■■■■■


 その日の夜、入浴を済ませたグリージョはナイトガウンのまま寝室を出た。寝る前に少し片付けたい事務作業があった。


「失礼いたします」

 トルメンタがノックしてから入室した。

「本日はお疲れ様でした。ルーチェも今日はすぐに休まれましたわ」

 二人はルーチェの寝室のドアを見る。

 中からくぐもった声が聞こえてくる。ほとんどイビキに近いルーチェの寝息だ。


「相当疲れたようだな。いつもより音が大きい」


「それ、本人の前で言ってあげないでくださいね」

 トルメンタが釘を刺した。


 グリージョが机で作業している間、トルメンタも中央のテーブルで明朝のルーチェの支度準備をした。

 チラリとトルメンタはグリージョを見る。


「心ここにあらずな様子だけど、どうしたの?

 ルーチェが気になるの?」


 急に核心を突かれ、グリージョは赤面する。

「気になったところで、どうすることもない。

 彼女はエテルネル人捕虜だ」


「でも自分の気持ちとはきちんと向き合わないと。

 余計な迷いを抱えては、任務に支障をきたすわよ。

 今度の休暇は、ルーチェと一緒にゆっくり過ごされてはいかがかしら?」


「トルメンタ……。

 君はそれが良いと考えているのか?」

 グリージョは口をギュッと閉ざす。


「迷いと向き合うには、多少の荒療治も必要よ。

 バスルームに置いてある洗濯物を持っていくわね」


 トルメンタはグリージョの寝室に入り、その後すぐに部屋を出ていった。

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