27、バンボラテッラ
ルーチェが炎でブラッドオレンジジュースを温め直した。そこにカモミッラお手製アロマブレンドのスイートシロップをたっぷり入れて、ザッフェラーノに差し出した。満足気な賢者の顔を見て、機嫌が元に戻ったことを確認し、一同は再び議論に戻る。
「ザッフェラーノ様が森の作業を監督してくださるのはとても有り難いですわ。でも、流石に大佐とルーチェだけでは植込みは大変では……?」
カモミッラが丁寧に話す。
「あれを使えば良い。移植場は魔法の森じゃない。遠慮せず使え」
「あれ、ですか……」グリージョは口を閉ざす。
「あれってなんですか?」
「見せてやれ、グリージョ」
オルソビアンコの問いに、ザッフェラーノが返した。
熱々になったジュースを嬉しそうにすすっている。
「分かりました」
そう言ってグリージョが手を振ると、地面がボコボコボコッと盛り上がった。盛り上がった土は形を変え、人の形を作っていく。
「これは……」「凄い……」
彼らの前に、幼児体型の土の塊が3体現れた。
身長は100センチ弱で、頭部の目鼻口の位置が窪んでおり、そこがグネグネ動いて表情を変えている。少し怯えた様子で3人くっついて、こちらの様子を伺っていた。
「バンボラテッラ。私の魔法で作った土人形だ。自分で動くし、指示にも従う。身体は小さいが、大人同様の力もある」
グリージョは言った。
ルーチェは椅子から立ち、バンボラテッラ達の方に向かう。近付いてくるルーチェをつぶらな窪みがじっと見上げる。
「なんて、可愛いんだろう!
よろしくね! バンボラテ……、言いにくいからバンテちゃんね! 私はルーチェよ」
ルーチェはニコッと微笑み、かがんで人形達と視線を合わせた。
「るーーちぇーーー」
バンボラテッラ達はルーチェに抱き着いてきた。窪みの歪み方から、笑った表情だと分かる。
「アハハハ! 友達の子どもと遊んでいるみたい!」
ルーチェは立ち上がり、バンボラテッラ達と手を繋いでクルクル回った。
「バンボラテッラは作られた土の魔力や性質を受け継いでいる。日々土を耕して杉の手入れしてくれているお前さんを、ちゃんとこいつらは分かっておるのじゃ」
ザッフェラーノは言った。
「それじゃあ、早速お手伝いお願いしようかな。
あっちの森の境界から少し離れたところね。
大型空洞杉を移植する予定の場所なんだけど、土を耕していたら、古い鉄クズみたいな塊が見えたのよ。
一緒に掘り起こしてくれない?」
「はーーーい」
ルーチェとバンボラテッラ達は、タッタッタッと走って行った。
テーブル席から、グリージョ達は安心した様子で見守った。
「それにしても、どうして鉄の塊が埋まっているのかしら?」とカモミッラが呟く。
「民間人の不法投棄ですかね?」オルソビアンコも言った。
「まさか。軍管理敷地内だぞ。もしかしたら、昔訓練で使った部品の名残か?」
グリージョも拳を口元に当てて考える。
「そういえば……」
ザッフェラーノが口を開いた。
「むかーしな、監査部が来た時、杜撰に保管してた旧型砲弾を隠蔽するために取り急ぎ外に埋めた問題将校がおっての……。あれ、全部回収出来たんじゃっけ……」
数秒、沈黙が流れた。
「ルーチェ!! 戻って来るんだ!!!」
グリージョが血相を変えて追いかける。
オルソビアンコは大慌てで火薬部隊と運搬部隊に連絡を取った。
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2回目の空洞杉移植作業が始まった。
用意した馬の中で一番大きい個体に、兵士と二人乗りし、ザッフェラーノはカモミッラ班と共に森を出発する。
餌場や穴ぐらなど、魔獣が出てきそうな場所の近くでザッフェラーノは持ってきていた杖を振り、魔除け術を発動した。前回の反省から、予め道のりのどこを白砂蚕の布で養生するか決めていたので、人員が増えた運搬班は効率良く作業出来た。移動魔法を使う担当者は、掘り起こしが終わるまで魔力体力を温存することが出来た。
「1本目が来るぞー」
ザッフェラーノと兵士を乗せた馬が移植場に現れた。
10メートルの空洞杉が縦に浮いたまま森を出てきた。
そこにバンテ達6人がやって来て、白砂蚕で包んだ根元を持ち上げた。移植先と同じ土である彼らが杉に触れても問題ない。オルソビアンコ達は縦に進ませることだけに魔法が使えるので負担が軽くなる。
4人のバンテが移植先へ小鳥のさえずりのような声で誘導する。その先に穴があり、ルーチェとグリージョが待機していた。
植込みはバンテ達の協力もあり、前回よりも早く的確に作業が終わった。
2本目は15メートルの杉だったが難なく成功した。
「カモミッラにもっとペースを上げて良いぞと伝えてこよう!」
ザッフェラーノを乗せた馬は軽快に森に向かって走っていった。
「またねーーーーーーー」
バンテ達は楽しそうに手を振って賢者を見送った。
その様子を、ルーチェもグリージョも微笑ましく見つめていた。




