24、魔法の森管理計画
アルカンシエル氏はテーブルに新聞記事の切り抜きを置いた。
「ルーチェはヴィータ側魔法の森を出て近くの国境防衛軍支部基地にいるらしい。民間人捕虜として今後の処遇を検討中だそうだ。処遇が決まっていない以上、拘留場で待機扱いでも身の安全は確保出来ているはずだ」
サンティエは切り抜きを手に取って読む。読めるがどこか雰囲気が違う。
「これは……? どうして情報を得られたのですか?」
「私はエテルネルの歴史研究を長年続けている。
研究テーマの都合上、ヴィータ王国の資料を得るルートを幾つか持っているのさ。詳しくは内緒だが。
とにかく直近のエテルネル民間人捕虜の話題はこのヴィータの新聞記事の通りだ。別ルートでも裏付けはとってある。間違いない」
アルカンシエル氏は鋭い視線を一瞬サンティエに向けたが、すぐにいつもの、穏やかな目に変えた。
「だから、ルーチェは辛うじて無事だ。酷い目に遭ったり、命の危機に陥っている可能性は低い。
ここに来てる皆さんもどうか安心して。引き続き、国に正攻法で、ルーチェ救出を訴えていきましょう」
タンドレス氏は「その通りです。良かったですね」と手を叩いて言った。
「でも、ずっとそのままじゃないんでしょう……」とアルエットが呟く。
「のんびりしてる暇はないッスよ。ルーチェ先輩は魔法の森近くにいる」とジルも静かに言った。
サンティエやアルエット、保護管理員達の目の色が変わっていく。タンドレス氏はそれに気付き、頭を抱えた。
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ヴィータ国境防衛軍支部基地内にある、賢者ザッフェラーノの控え小屋にて。
すっかり片付いた室内に四角い長テーブルが置かれ、日焼けした地図を広げている。ヴィータ王国側魔法の森の地図である。それをザッフェラーノ、グリージョ、ルーチェ。そしてカモミッラとオルソビアンコが囲み、議論を交わしている。議題は「魔法の森管理計画」だ。
「国王しか入れない『最聖地』以外の場所を、外側から段階的に改善していきたい。
儂が上手いこと事後報告をあげるようにしよう。じゃから君らは好きにやってくれ」
ザッフェラーノはそう言うと、テーブルを離れ、自席に戻り、ジュースを飲み始めた。
「臨時隊を出して、カモミッラとオルソビアンコに同行してもらい、森全体を確認してきた。空洞杉の過成長・過繁殖が深刻だ。早急な整備が必要だ」とグリージョ。
「空洞杉以外の魔法植物の成長の衰えが酷いです。
運命の裂け目の向こうを遠隔で目視しましたが、この森が魔力を保てているのは、正直エテルネル側が管理に成功しているからだと言わざるを得ません」
カモミッラは残念そうな口調で言った。普段は入れない魔法の森に入り、現実を目の当たりにしてショックだったようだ。
「最短で解消出来る方法は伐採です。しかしそれがヴィータでは困難なのも承知です。
であれば、空洞杉を魔法の森と外の境界側に集めるのです。空洞杉は互いに魔力を吸い合うことで、一層高める性質があります。集約して育てることで、強力な魔法素材にもなります」
ルーチェがそう言いながら皆を見た。
「空洞杉を集約化する案に俺は賛成です。
森の入口から少し離れたところに集約場を作ります。
近いところから順に空洞杉を移植させます。森への負担を最低限にする移植手段も考えています」
オルソビアンコは地図の上をスススと指を走らせた。
「先日の公爵の定例儀式の後は、有事は別として、行事のない期間に入る。移植作業をするなら今が良いだろう。とはいえ、人手が必要だ。この時期に休暇を取る兵士も多い。仕事を増やすことになってしまうな」
グリージョは腕を組みながら言った。
「強制参加にしなきゃ良いですよ。ルーチェも参加する作業です。事情も分かった上で志願してくれた兵士だけでやれば良いです。
集まった人数を見て、移植方法も見直します」
オルソビアンコが言った。
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「ザッフェラーノ様、ファロ大佐。
昼食をお持ちいたしました」
ドアのノック音がしたので、カモミッラが素早く地図や文房具類を片付けてテーブルを空けた。
若い女性のメイドが中に入ってきた。色白で背が高く、ほっそりとした身体つきの彼女に、思わずルーチェは眺めてしまいそうになった。料理を並べると、メイドは速やかに部屋を出た。
「ザッフェラーノ様、またメイドを変えたんですか?
しかも今回も若くて、随分可愛らしい」
カモミッラが嫌味たっぷりに言った。
「誤解じゃ! 儂は軍の人員配置に関わっとらん。
気付いたらあの柳腰の娘さんに変わってたんじゃ」
皆の視線が氷のように冷たくなった。ザッフェラーノは墓穴を掘ったと察知した。
しばらくしてトルメンタが入室した。残り3人分の昼食を机に置く。妙に冷たい空気が流れている。トルメンタは理由が分からず、首を傾げた。
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『強制参加にしなきゃ良いですよ。ルーチェも参加する作業です。事情も分かった上で志願してくれた兵士だけでやれば良いです……』
雑音交じりのオルソビアンコの声が、デゼルトの室内に響く。彼の手には音魔法を施された小型盗聴器があった。
「エテルネル女と一緒に、聖地の木を植え替えるだと……。
どこまでも馬鹿げた連中だ」
デゼルトは振り返り、立っているメイドを見る。
彼が内密に手回しし、ザッフェラーノ担当にさせたのだ。
「よくやった。この情報は非常に意味がある。
お前はやはり将来、伯爵夫人となるにふさわしい女だ」
デゼルトはスッとメイドの頬に触れた。
「レオパルド様ぁ……」メイドはトロンとした目で言った。




