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23、動き出す人々

 サンティエは町に戻ってきた。『休業中』と書かれた札を揺らし、彼はカフェ・タンドレスに入る。


「おかえりなさい、サンティエ」

 タンドレス夫人がカウンターの向こうで食器を拭きながら言った。カウンター席ではタンドレス氏がコーヒーを飲んでいた。


「何だ、いたのか」サンティエはぶっきらぼうに反応する。


「豆や茶葉は生鮮食品よ。点検して、痛みかけは処分しておかないと。器具もたまに使わないとね」

 タンドレス夫人はそう言いながら湯を沸かす。

 テーブルについたサンティエの前にコーヒーを置いた。


「外交省ではどうだったの?」


「全く駄目だった。まともに取り合ってもらえない。

 ルーチェの解放要求を届けようとしても、公務員の奴らがそれを止める」


 タンドレス氏は新聞に目を通す。今朝購入したものだが、ルーチェやヴィータ王国についての記事は見当たらない。


「国はルーチェを見捨てようとしている!

 最初は民間人捕虜としてルーチェを捕まえたヴィータを批判したのに。ルーチェがヴィータ側の木を倒したことが発覚するとダンマリを決め込みやがった」


 サンティエは机上をダンッと叩く。コーヒーカップが揺れて中身がこぼれた。


「ヴィータがルーチェを民間人捕虜ではなく、越境犯罪者と認定すれば、外交不利になる。エテルネルはそれを避けたいのだ。国民も一人の人間を機に激しい交戦になることを恐れている。外国では『英雄か冒涜者か』とルーチェについてのデタラメ記事が回っているそうだ」


 タンドレス氏が言った。貿易会社重役の彼は、外国からヴィータについて情報を得やすいのだ。


「そんなこと分かってる! でも僕はルーチェを助けたい!

 今彼女がどこでどんな目に遭っているのか、考えただけで苦しいよ」


 サンティエは机上の自分の拳を見つめる。

 ルーチェ救出の為に、首都や軍基地を回り、公的支援を依頼したが、誰も首を縦に振ってくれなかった。

 まともに寝食していない彼は、更に痩せていった。


「どうして僕はこんなにも無力なんだ。軍人でも、公務員でも、魔法役人でも無い。どこに行っても、僕は国から見れば、ただの一般人。田舎のカフェ店主としか見られない。外交・軍事交渉の一員にはなれない。情けないよ……」


「それは間違ってるッスよ!」


 突然カウンター奥から知らない男の声がして、サンティエは思わず顔を上げた。そこには保護管理員のジャケットを着た若者とアルエットがいた。


「アルエットと保護管理員……? 何故ここに?」


「私が入れたの。どうしてもサンティエと話したいからと」

 タンドレス夫人が言った。


「こんにちは。魔法の森保護管理員のジルって言います。ルーチェ先輩の後輩ッス。サンティエさんはご存知無いと思いますが、俺は何回かここに飯を食いに来てました」


 サンティエは理解出来ないままジルに挨拶を返す。


「俺もアルエットも、サンティエさんを手伝いたいんス。ルーチェ先輩を助けたいンス! 俺達力になれるはずッス!」


「気持ちは嬉しいけど、どうやって?

 公的機関は使えないんだぞ? それとも何かツテでも?」


「そんな、お役所やお偉いさんのツテはないッス。

 でも俺達には魔法の森があります」


「まさか……」サンティエはグッと息を呑む。


「運命の裂け目を越えて、先輩を助けに行けば良いンスよ。

 ヴィータは空洞杉を放置してる連中。管理なんか出来てないッス。森の中なら俺達が有利ッス。

 見てください」


 ジルは振り返りカウンター奥へ呼び掛ける。

 すると、ベージュジャケットを着た老若男女がゾロゾロと10人近く出てきた。

 サンティエは母親を見る。母親は意味ありげに頷いた。


「先輩を助けたいと国中から保護管理員の有志が来てくれたッス。力を合わせれば、侵入してルーチェ奪還も夢じゃないス。その為にはサンティエさんの魔力は必須ッス。

 知ってるンスよ、俺。サンティエさんは時々魔力解放目的で森に来てること」


 ジルは握った拳を前にしてサンティエを訴える。


「私もあれからジルさんにこっそり魔法の使い方を教わってたの。私を助ける為にルーチェは捕まったわ。今度は私が助けるの」とアルエット。


「馬鹿なことを言うな! 不法侵入して良い訳ないだろう!

 それに運命の裂け目を越えたところで、ルーチェが本当にそこにいるとは限らない。彼女は軍事交渉材料だ。とっくに首都や別の場所に移動してるんじゃないか?」

 タンドレス氏が椅子から立ち上がり言った。


「で、でも……そうでもしないと国は動かないッスよ……」

 ジルは少し怯みながらも言い返した。


■■■■■


 カランカラン


 沈黙を破ったのは、カフェのドアを開ける時のベル音だった。

「今日は魔法の森保護管理員さんの貸切だったのかい?」

 困惑しながら現れたのはルーチェの父アルカンシエル氏だった。長く伸ばしたボサボサの髪は白髪に変わっていた。


「いいえ、大丈夫よ。サンティエに用かしら?」

 とタンドレス夫人が冷静に言う。


「ああ、今日町に戻ると聞いていたからね。

 いつも本当にありがとう。本来は私達がすべきなんだが、寝込んでいる妻を置いて町を離れられないからね」


 アルカンシエル氏はやつれた表情に辛うじて笑みを浮かべながら、サンティエと同じテーブル向かいに座る。ルーチェが捕まったことが報道され、アルカンシエル家は世間からバッシングを受けたのだ。夫人は心身の負担から体調を崩し、家で休んでいる。


「成果が得られず申し訳ございません」

 サンティエは苦い顔で言った。。


「いや、良いんだ。今日は君の心配を少しでも軽く出来たらと思ってね。場所を変えようか……?」

 アルカンシエル氏は人の多いホール内をチラチラと見た。


「アルカンシエルさん、このままでどうぞッス。俺達もサンティエさんとルーチェ先輩の為に何とかしたいと集まったんです。大丈夫ッス。秘密は守ります」

 ジルは保護管理員達に視線を送る。彼らは力強く頷く。


「そうか。皆さん、ありがとう。ルーチェの為に。

 そのルーチェなんだが、現在の居場所と様子が分かった」


 アルカンシエル氏の言葉に一同反応した。

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