22、捕虜ルーチェの活躍
有害な虫の種類と数を確認するために、ルーチェは再び庭園に入った。花粉が飛ばなくなり、視界は見えやすくなった。匂い・音に注意しながら、ルーチェはぐるりと一周した。
儀式に使用する中央の台より後ろは悲惨な状態だった。足の踏み場が無い程に雑草が生えており、魔法草なのか無害なのか、確認するのも一苦労だった。
魔法の森の植物は厄介なもの程繫殖力が強い。白砂蚕には結界効果がある。これで囲っていなければ、今頃基地全体が危険な魔法植物や生物に侵略されていただろう。
「かなり段階を踏んで駆除をしていかないと駄目ね」
ルーチェは出口に戻り外に出た。
庭園出入口の前で、賢者ザッフェラーノはマント姿のまま身体を伸ばして体操していた。
「ほう、お疲れさん。対策は立てられそうかの?」
「弱くて数の多い害虫から順に駆除していけば、庭園の整理が進むはずよ。駆除に必要な物は賢者様に言えば良いのかしら?」
「賢者様なんて、思ってもない呼び方を。ザッフェラーノと呼んでくれたまえ。儂もそなたのことをルーチェと今後呼んでも良かろうかの? アルカンシエルは言いにくいのじゃよ」
トルメンタよりも背が低いザッフェラーノは白い眉越しにルーチェを見る。
「ええ、もちろん。
アルカンシエルって、そんなに呼びにくいかしら?」
「ヴィータ王国では馴染みのない名前じゃのう。ルーチェはこちらでも一般的な女性名じゃが」
ザッフェラーノの言葉に、ルーチェは首を傾げた。
「そうなの。エテルネルではルーチェは珍しいって言われてたわ」
「ザッフェラーノ! アルカンシエル!」
グリージョが走って戻ってきた。
二名の兵士が彼の後について来ている。
「どうじゃった?」
ザッフェラーノが尋ねると、グリージョは頬を赤くしながら答えた。
「スギカブトの茎を見せたら、目の色が変わった。とても状態が良くて、薬に使えるそうだ。それから根っこも乾燥させたものが欲しいらしい。根っこは掘り起こしてすぐに加工が必要だからと、弟子と部下が手伝いに来てくれた」
「ほほ! ルーチェ、やったの!」
ザッフェラーノの言葉に、ルーチェも口元が緩む。
「二人は毒草や毒虫についても心得がある。スギカブトに限らず、この庭園改善全般の手伝いをさせる」
グリージョの後ろにいた二人も嬉しそうで、少し興奮した様子で立っていた。
「どんどん頼むぞ、アルカンシエル」
グリージョの目尻が下がる様子を、ルーチェは初めて見ることが出来た。
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それからルーチェは兵士2人と一緒に庭園整理を始めた。
薬調合師の弟子であるカモミッラは、40歳の女性だ。
30歳の頃に、薬調合師になる決意をし、35歳で軍の薬事部隊に入った異例の新人兵士である。
「夫と子どもを、毒キノコで亡くしたの。事故だったわ。市場で買った中に誤って混じってたの。
商人を恨んで、後悔するのも疲れたから、二度と悲劇を起こさない為に勉強しようと思ったの」
手際良く、ルーチェが起こした火でスギカブトの根っこを炙りながら彼女は話してくれた。
もう一人のオルソビアンコ少尉は、運搬部隊の貨物管理担当で魔法動植物が専門らしい。ルーチェが要望する道具類を持ってきてくれた。
「魔法飛行船の操縦訓練中に機器異常が起きて、同乗してた先輩を大怪我させたことがあるんです。それっきり、俺は人を乗せることが出来なくて。
でも、ファロ大佐が『移動だけが運搬部隊ではない。荷物を確実に届けるための準備こそ、重要な仕事だ』と、俺に今の任務を与えてくださいました。感謝してます」
頬のニキビを赤くさせながら、若い青年は言った。
彼はせっせとスギカブトの根っこをシャベルで掘り出していく。
「ルーチェ、もっと火を強くしてくれる?」
「あっちにスギカブトの芽がありそうだ。そのまま根ごと掘り出そうか、ルーチェ?」
ザッフェラーノがルーチェと呼んだのを機に、カモミッラもオルソビアンコも自然とそう呼んでいた。
「カモミッラ、アカイチョウの実から種を取り出すにはどうしたらいいかしら?」
「ここに巣があるのね。幼虫は栄養剤に使えるから捕まえて、後は焼きましょう。ルーチェ、お願い」
「オルソビアンコ、枝打ちしたから、拾ってまとめてくれる? 切り口を焦がしてるから気を付けてね」
「ルーチェ、台車を2台追加で持ってきたよ」
「オレンジクッキーはいらんかぁ? ひと休みしようぞ」
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白砂蚕の布は陽の光を淡く通す。
真珠色の空間で、ヴィータ国王の親戚にあたる公爵に向かってザッフェラーノは祈りの言葉を唱える。
「前よりも随分美しくなっているようだ。気のせいか?」
群青色のマントを羽織った公爵が祈りの台で言った。
「は。先日毒虫が誤って侵入していることが判明し、除去した後、侵入防止対策で園内の植物の配置等を見直しました」
ザッフェラーノは頭を下げて話した。
その後ろにはグリージョとデゼルトが並ぶ。
グリージョは「うまいこと言うなぁ」と感心した。
「この方が余は好きじゃ。このままにせよ」
公爵はそう言って園庭を出た。
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ルーチェ・カモミッラ・オルソビアンコの3人は、力を合わせ、何日もかけて害虫や有害植物を完全駆除し、美しい庭園に大変身させたのだ。何故かオルソビアンコに造園のセンスがあり、想定外の奇跡が起きたのだった。
定期儀式で訪れた王族である公爵の感想を、グリージョとザッフェラーノがルーチェ達に伝えると、3人は抱き合って喜んだ。
「まだエテルネル捕虜が主導でやったとは、言える段階ではなかったけどな」とグリージョ。
「次はいよいよ森じゃの」ザッフェラーノは言った。
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儀式の後、怒りに震えながら廊下を歩く者がいた。
グリージョもザッフェラーノもあの場で言わなかったが、園庭は捕虜が整理したことを、デゼルトは情報として仕入れていた。
「ふざけるな。あのエテルネル女は俺の手柄だ。
ファロの良い子ちゃんアピールに使われてたまるか」
部屋に戻り、彼は真っ赤なビロード生地の椅子に座る。
「しばらく大人しく黙ってやったが、もうそうはいかないぞ。ファロを潰す為に、今まで罠は幾つも仕掛けてきた。ようやく使う時が来たようだな……」




