20、グリージョの魔法
ルーチェは庭園の扉を少しだけ横にずらした。
目の幅位に開いた隙間から顔を近付ける。
バタン!
すぐにルーチェは扉を閉めた。
後ろにいたグリージョとザッフェラーノは「どうした?」と声をかける。
「中に入れません」ルーチェは振り返って言った。
「何故だ?! 私の命令が聞けないのか?」
グリージョの声が荒くなる。
ザッフェラーノが手を彼を前に出し、制止した。
「アルカンシエル、理由を言ってくれ」
「スギカブトの花粉が大量に飛んでいます。
スギカブトの花粉は人体に有害です。
肺に取り込めば、呼吸困難を起こし、最悪死に至ります」
2人は驚いた表情でルーチェを見る。
「スギカブトなんぞ、植えておらんはずじゃ」
とザッフェラーノ。
「勝手に生えたのでしょう。根付く力が強いので、ここに入った人間の靴裏や服についていた種で繁殖したのです」
「儂も仕事の為に時々森に入る。
草刈りを手伝う兵士も当然森に入っておる」
ザッフェラーノは腕を組んで唸る。
「草刈り?!
スギカブトは根や茎にも毒成分があり、飛散します。絶対にやってはいけません!」
今度はルーチェの声が荒くなる。
「確かに毎回、草刈りをした兵士の何人かが息苦しさを訴えている。過去には死んだ者もいたらしいな」
グリージョが確認するようにザッフェラーノを見る。
ザッフェラーノは黙って頷いた。
「早急に駆除が必要です。私なら毒にやられず対処出来ます。でも、この服では出来ません。防塵用のローブとマスクを貸してください」
「それなら……。あ、いや。でも、それしかない……」
グリージョは頭を掻きながら言った。
「トルメンタに用意させる。少し待て」
■■■■■
身支度をしてルーチェは再び庭園の前にやって来た。グリージョもルーチェも少し困惑している。
ルーチェは紅色の軍服を着ていた。下等兵用の簡素なデザインだが、それでも捕虜という立場で着るのは違和感がある。
「まぁ、それしかないのぉ。
ここの軍服は魔法の森専用で防毒機能がある。
過去草刈りした兵士が軽症で済んだのもそのおかげじゃ」
ザッフェラーノは言った。彼は少し楽しそうだ。
「お前を無事に還す為には、お前自身が殺されずに済む状態にしなくてはいけない。
つまり、ある程度ここで役立つことをするんだ。軍服を着せてしまった以上、成果を出さないと周りも黙ってはいない」
グリージョは静かに強く言った。ルーチェを追い込むというより、自分が焦っている様子だ。
「まぁ、まずはやらせてみよう。長年いた儂らが全く気付かなかったスギカブトの花粉にすぐ気付いたんじゃ。大丈夫じゃろ」
ザッフェラーノの言葉に、ルーチェは少し微笑む。
首のスカーフで口まで覆い、改めて扉を開けた。
■■■■■
庭園の中央に高さ1メートル程の大理石の台と階段がある。どこかしこも雑草が蔓延っているが、台と階段と扉までの通路は、幾分マシなので、毎回そこだけは処理していたことが分かる。
「ここに30本位生えているわね」
ルーチェは通路の途中少しそれた場所に細長い植物の群集を見つける。高さはルーチェの太腿くらいだ。
上部は八方に先を広げており、先端から数センチがぷっくりピンク色になっている。これがスギカブトの花粉である。
ルーチェは右手をギュッと握って開く。ポッと小さな火が手の平に浮かぶ。この程度なら出せるのだと、腕に巻かれた網目の魔法錠を見ながら思った。
その火を茎に当てて、ジジジと焦がしながら切り取る。断面を焼いて毒が出なくなるようにしているのだ。手早く刈り取ると、他の場所にも生えてないか確認し、庭を出た。
■■■■■
「これがスギカブトか!? もっと小さいと思っていたわ」
「育ちすぎているのです。通常は魔獣に食べられるので、ここまで伸びません。
また、花粉の色も濃いです。これでは見た目だけで気付かないのも仕方ありません」
驚くザッフェラーノにルーチェは説明した。
「経脈を焼いたので、まだ残っている茎と根、そしてこの茎と花粉から勝手に毒は飛びません。
スギカブトの花粉や根っこは、加工すれば風邪薬の材料になりますがいかがしましょう?」
「使えるかどうか、ここの薬調合師に確認してもらう。
加工はどうやるのだ?」
グリージョが尋ねる。
「熱で乾燥させるのが手っ取り早いです。
釜戸と鍋を用意してもらえたら、私の魔法で」
「毒の加工だ。軍の器具を使うのは控えたい。
こうしよう」
グリージョがサッと手を振ると、地面が盛り上がった。
盛り上がった2本の土が丸く上で繋がり、簡易的な釜戸が出来上がった。
「土系魔法を使われるんですか?!」
ルーチェはグリージョを見つめる。
その目はきらめいている。土系は保護管理員にとって希少価値の高い魔法である。ルーチェが憧れに憧れた系統である。
「地形を崩しかねないから、あまり使いたくないんだ」
眼差しに気付いたグリージョは目をそらしながら言った。




