19、新しい仕事
夕方、トルメンタが食事を運ぶ為にルーチェの部屋のドアをノックした。返答は無いが、トルメンタは予め預かっていた鍵で開錠し入室する。
グリージョは後ろから様子を見る。
「ルーチェ、夕食を持ってきたわ。
少しでも良いから食べて」
ルーチェはベッドの上で毛布にくるまっていた。
トルメンタが毛布越しに彼女の身体をトントンと叩く。
「体調はどう? 水は飲んでる?」
グリージョは入口からベッド脇の机を見る。
ポットやカップが置かれているが、使われた様子はない。
「食べる気分にならないわ……」
ルーチェは背中を丸めたまま言った。
「体調が優れないなら、ファロ大佐に頼んで医者を呼んでもらうわよ」
トルメンタがそう言うと、ルーチェは毛布をめくり、上体を起こした。
「それよりも、いつ戻れるのか、今何が起きているのか教えて!
この部屋でジッとしてご飯だけ食べて。身体は拭かれて。私はこれから何をされるの?!
あの大佐の男は何を考えているの?!」
ルーチェの顔色はかなり悪くなっていた。表情も虚ろだ。待遇の良さが、かえって不安を募らせているらしい。
「私はお前に仕事を与えようと考えている」
グリージョが一歩前に出て言った。
ルーチェはビクンと身体を震わせ、毛布で身体を覆う。
「し、仕事……?」
怯えた彼女の目を見て、グリージョは眉をひそめる。
彼なりに今回の事態を早く収束させるべく上層部へ相談や根回しに奔走していた。しかし肝心の彼女への配慮が足りなかったと反省した。
「基地内に魔法の森と同じ植物が育てている庭園がある。
試しにその庭園の手入れを任せてみたい」
「庭の手入れ……?」ルーチェは戸惑いながら言った。
「重労働になるだろう。明朝、庭園に連れて行く。飯を食って、体力をつけておけ。それから……」
グリージョは小さく息を吐く。
「アルカンシエルの処遇について結論は出ていない。
だが私が直接監視している以上、お前を乱暴に扱うようなことはしない」
ルーチェは恐る恐るグリージョの目を見る。
曇りのない黒い瞳。
今言っていることは嘘ではないと訴えているようだ。
「分かりました……」
ルーチェはトルメンタからブラッドオレンジジュースを受け取り、少しずつ飲み始めた。
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翌朝、ルーチェはグリージョに連れられ基地内庭園に向かった。ルーチェは灰色のブラウスとロングスカートに、両手首には簡易魔法錠をつけており、囚人の類であることは一目瞭然である。そんな彼女をグリージョは自分の横に並ばせて歩いている。
ルーチェはチラリと彼の顔を見る。横幅広い肩の向こうにギッと口を閉じた男。ヴィータ人は考え方が古くて固く、女性は男性より下という認識が強い。そのようにルーチェは学校で教わり、町に流布する新聞やチラシ等にも書かれていた。
しかしこのグリージョ・ファロ大佐というヴィータ人の男は、女でしかも敵国エテルネル人である自分に対して、非常に気を遣い配慮していることが分かる。まだ本心や真の姿を見せていないだけかもしれないが、囚われて数日経っても、少なくとも自分の身は無事なのだ。
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2人はドーム型に半透明の布が貼られた庭園に到着した。学校の教室1つ分位の広さと天井高があるとルーチェは思った。
「グリージョ、待ってたぞ」
庭園入口の脇から、紅色のローブを着た老人がやって来た。グリージョが着ている軍服のそれよりも更に色は暗く、赤紫色と言っても良い。
「賢者ザッフェラーノだ。
ザッフェラーノ、この女がエテルネル人捕虜のルーチェ・アルカンシエルだ」
グリージョは簡潔に紹介した。
「賢者?」ルーチェは首を傾げる?
「エテルネルにはこのような職がないのじゃな。
儂は聖地から王へ祈りを捧げる聖職じゃ。魔法の森を担当している」
「ああ、祈祷師のようなものですね」
ルーチェがそう言うと、ザッフェラーノは苦笑いし「国が違うからな。そう思っておれ」と返した。
「マダム・アルカンシエル。早速じゃが、庭園の様子を見てほしい。
これは、危険な魔法の森は入らずに祈りの儀式が出来るように作られた代替品じゃ。しかし手入れが行き届いておらず毒草や魔虫が発生しておる。中に人が安全に入れるようにしたい。必要なものがあれば用意しよう」
ザッフェラーノは入口へ手を伸ばして言った。
しかしルーチェはどうしても引っかかり口を開く。
「私は結婚してません。既婚者じゃないです」
「おっと、そりゃあ失礼。では、アルカンシエルよ、中へ」
ルーチェは深呼吸して、庭園の入口の取手を持つ。
横開きの重い扉で同じ布が貼られている。
「あの御婦人、未婚じゃと。良かったな」
後ろでザッフェラーノが小声でグリージョに言った。グリージョは口をもごもごさせた。




