16、特別捕虜としての生活
ファロ大佐、ルーチェ、小間使いのトルメンタの三人は、部屋を移動する。
渡り廊下を通り、内側に位置する石造りの建物に入る。
「ここは将校用宿舎棟だ。
少し離れた場所に兵士宿舎がある。
私の部屋は最上階から2つ下の階にある。最上階とその1つ下の階は、王室用と将軍用である。絶対に立ち入るな」
階段を登りながら、ファロ大佐はチラリと振り返って言った。
やがて3階の廊下を歩いた先のドアの前で立ち止まる。
ドアの傍に小さなポストがついており「グリージョ・ファロ」と名札に書かれていた。
ファロ大佐は開錠しルーチェ達を中に入れる。
テーブルと椅子と本棚と小さな棚と作業机。カーテンのついた窓に照明。一人部屋としては広めだが、地味なデザインの壁紙に絨毯が敷かれ謙虚な印象の部屋だった。
入って両側の壁にドアがついている。
「入って左が主寝室。私の寝室だ。アルカンシエルは右側の客用寝室を使え。トルメンタにも鍵を渡し、私とトルメンタはいつでも部屋に入れるようにしておく。
客用寝室にトイレとシャワーがある。バスタブは主寝室にある。使いたければトルメンタか私に言ってから使え」
ファロ大佐は入って右側のドアを開ける。
ベッドとテーブル椅子、衣装棚と小物置き棚。どれも一人用サイズだ。普段は使われていないのだろう。埃が舞い、カビ臭さが鼻をつく。
「トルメンタ、窓を開けろ。掃除係とリネン係に部屋を整えるように伝えておけ。
アルカンシエル、取り急ぎ私の寝室で支度をしろ」
今度は主寝室のドアを開けて、ファロ大佐はルーチェを招き入れる。
客用よりも広く、掃除が行き届いているのが分かる。
香水の類を使っていないのだろう。綺麗な部屋に汗のような男性的な匂いが漂っている。
ルーチェは、学生時代に球技クラブの片付けで、男子用控室の入口前を通った時のことを思い出した。
「ファロ大佐、間もなく係が参ります。
服と軽食も届きます」
トルメンタが主寝室に入って来て報告した。
「分かった。
トルメンタ、まずは主寝室のバスタブでアルカンシエルを洗え。タオルや石鹸はあるものを自由に使え。身に着けているものは全て回収し、私へ提出しろ」
「かしこまりました」トルメンタは頭を深く下げる。
「そうだ、忘れていた」
ファロ大佐は錠がついたルーチェの両手を取る。取り出した鍵で錠を外し、コートのポケットから別の腕輪を出してルーチェにつける。黒く固い布地で網目状になっている。よく伸びて肌当たりも悪くない。
「これを外そうとした時と攻撃的な魔法とした時、そして私が呪文を唱えた時に、身体を拘束する効果がある。
くれぐれも発動させないように」
ファロ大佐は厚みのある手の平でルーチェの手を包んでから離した。
両手が軽くなり、ルーチェは手首を振ったり指を動かしたりした。
「私は隣の部屋で業務を片付けている」
そう言ってファロ大佐は部屋を出た。
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ルーチェは早速トイレを借りた。カーテンの向こうでトルメンタがバスタブに湯を張っている。
トルメンタはルーチェに服を脱ぐように言った。捕虜の立場なので仕方ないと思いつつも、女性とはいえ知らない人間の前で裸になるのは抵抗したくなる。
ルーチェがベストのボタンに手をやったまま止まっているとトルメンタは優しく微笑んだ。
「アルカンシエル、私は軍の世話係です。
これまで男女問わず幾人もの兵士の着替えや排泄の世話もしてきて参りました。そこに何の感情も持ちません。
兵士達も私のことを家具の一部としか思っておりません」
ルーチェは先程よりも割り切れる気持ちになった。ベストのボタンを外していく。
トルメンタはバブルを作る為に石鹸を溶かし始めた。
エテルネル成人女性としては平均的な身長162cmのルーチェよりも、背が低く華奢な体型。後頭部に大きく丸くまとめた髪は、ミルクチョコレート色でまるでカップケーキのようだ。クリンとした茶色い瞳の目元が可愛らしい女性だが、振る舞いや話し方は非常に落ち着いており、ルーチェよりも年上であるようにも見えた。
「アルカンシエル、バスタブにお浸かりください」
タオルを巻いて待っていたルーチェは言われた通り、バスタブに入る。トルメンタが別の柔らかいタオルでルーチェの身体を撫でていく。
「アルカンシエル、痛いところや痒いところがあれば仰ってください」
「大丈夫です……。あの、こんなに手厚くしなくても……。自分で出来ますから……。私は、捕虜ですよね?」
「ファロ大佐が直接監視するということは、貴女はファロ大佐の所持品と同様です。丁重に扱う必要がございます」
トルメンタの言葉にルーチェは背筋が凍るような心地になった。




