15、ファロ大佐の提案
ルーチェは背筋を伸ばし、努めて冷静に話す。目の前のヴィータ人に、自分の行いは非常時の緊急対応であったことを伝えようと試みた。
「エテルネルの少女が魔法の森で何者かに攫われました。
彼女を探して、運命の裂け目に到着すると、男2人が裂け目にロープを渡しておりました。ロープの中央に吊るされた袋があり、その中に少女が入っていることが分かりました。
男2人を止めようとしたところ、魔法で攻撃された為、私も火の魔法で反撃し、男を倒しました。その時私の炎がロープにかかり、ロープが燃え千切れそうになりました。
早急に吊るされた少女を救う必要があり、ヴィータ王国側の空洞杉を倒して橋代わりにしました。裂け目を越える長さの木がそれしかありませんでしたから。
私は先に少女をエテルネル側に戻しました。
その直後、ヴィータ王国兵士に捕らえられました」
ルーチェは息をフーッと吐く。
ファロ大佐はペンを持ち、書類を見ながら聞いていた。グイッと太い眉を捻らせる。
「当時エテルネル側には、倒れた男2人がいたと報告されている。しかし少女は確認されていない」
ファロ大佐はジッとルーチェを見る。
ルーチェは少し迷った。説明をすると、サンティエを巻き込んでしまう可能性があるからだ。だが、ここで嘘を付くと、アルエットを突き止めろと先方は言い出すかもしれない。一番守るべきはアルエットだと判断し、彼女は口を開く。
「少女を救出した時に、予め呼んでいた応援の人間が到着したので、その者に引き渡しました。その者も、ヴィータ王国兵が来ていることに気付いたので、姿を隠したのです。ヴィータ人との接触を控えるのは、エテルネル人なら当然の行動です」
「デゼルトの隊は探査犬も連れていた。
探査犬も見つけられないとは、かなりの魔法の使い手だな。お前と同じ保護管理員なのか?」
「いいえ。魔法の森近隣の町に住む一般人です。
私の友人です。魔法学校での成績は優秀でした。保護管理員は多忙を極めておりますので、別の応援も呼んでいたのです。先に到着したのが、友人の方でした」
正直に話しているが、どんどん胡散臭くなる気がして、ルーチェは落ち着かない。ファロ大佐の眼は、何を考えているか全く読めない。
「貴女の話した内容と現場報告には、ほとんど矛盾がない。
隠していることがありそうだが、両国の関係性を思えば警戒するのは当然だろう。まだまだ調べる余地はあるが、今回の貴女の行動は、人命救助の為であり、ヴィータ王国侵略目的ではないと判断出来る」
彼の言葉に、ルーチェの胸はグッと熱くなる。
この場で命が無くなる可能性は減ったような気がした。
「では次は今後の対応だ。
エテルネル人は民間人でも捕虜扱いになる。貴女は私が直接監視することにする」
「直接監視?」
「常に私と共に行動するか、私の指示した場所のみで待機してもらう。何かをしたい時は私の承認を得てからでないと出来ない。身の回りの世話は、小間使いのトルメンタにさせる」
ファロ大佐は壁際で待機していたメイドを指差す。
メイドのトルメンタは会釈した。
「私は貴女を無事にエテルネルへ還し、穏便に終わるようにしたい。
しかし、ヴィータ王国側にとって貴女は聖地の木を燃やした敵国の人間。一方エテルネル側から見れば、少女を犯罪者から救った英雄だ。
貴女を処刑すればエテルネル側が黙っていないだろう。かと言って無傷で還すことをヴィータ側が簡単に許すとは思えない。何よりこの件が、約20年休戦状態だった両国の関係を悪化させる火種になりかねない。
絶対にそれは阻止したい」
ファロ大佐は机上で組んでいた手を更に強く握り締める。
ルーチェは大佐の言葉を聞き、ようやく事態の困難さを実感した。
「なるべく悪い待遇にならないように努めよう。
私の傍にいれば大丈夫だろうが、貴女を捕らえたデゼルト少佐は、貴女を極悪人にして国王へ首を出したがっている。下手に接触しないように充分注意するように」
そう言うとファロ大佐は立ち上がる。
保護管理員証をルーチェの方へ向きを変えて置く。素早くトルメンタがルーチェのポケットへ戻した。
「時間はかかるだろうが辛抱してくれ。
ルーチェ・アルカンシエル。貴女のことは、私が守る」
一瞬、ファロ大佐の眼差しは鋭さを溶かし、温かなものに変わった。しかし状況把握で手一杯の彼女には届いていなかった。




