14、グリージョ・ファロ大佐
ルーチェは兵士に案内されて室内に入る。
簡素な会議室のようだ。10名程用の長机の向こうに、屈強そうな男が立っている。威圧的な眼差しはルーチェに向けられていた。
「ここに座らせろ」
ファロ大佐の指示通り、一人の兵士がサッと椅子を引いた。流れ作業でメイドらしき女性がルーチェとファロ大佐の前にお茶と菓子を置く。
「お前達は下がれ」
ルーチェを連れて来た兵士2人はお辞儀をして退室し、ドアを閉めた。中にはファロ大佐とルーチェ、メイドが残った。
「私は、魔法の森とその国境を管轄している防衛軍のグリージョ・ファロ大佐だ。御婦人、今から私が質問することは、偽りなく答えるように。
貴女は……エテルネル人……か?」
ゆっくりと話し掛けてくる。言葉が通じない可能性を含めてだろう。ルーチェは顔を上げる。
「はい、私はエテルネル人です。
エテルネルで有効な身分証明証も持っております」
わざと具体的に返答した。これで先方も会話が難なく出来ると判断してくれるだろう。
ファロ大佐は机上で手を握り、胸を反らし正面向きに座っている。落ち着いた態度と声だが、見た目まだ若そうだ。肩周りの筋肉が膨らんで、紅色のコートがはち切れそうになっている。濃く太い黒い眉の下で、黒い瞳が輝く。鋭いが、先程のデゼルト少佐と違い、冷たさは感じない。黒い短髪に無精髭と、無骨な見た目をしているが、話し方や所作に品を感じた。
「分かった。念の為、身分証を見せてもらおう。ベストの裏ポケットにいれてあるのか?
メイドに取らせよう」
ファロ大佐は椅子から立ち、背を向けた。メイドがルーチェに近付き、身分証の場所を確認し取り出す。
ルーチェの手首錠は片手ずつだが、手の甲下半分まで及んでおり、ボタン等の細かいものは扱えない。
また、魔法の力で手足の動きも制限されているのだ。かろうじて目の前の飲み物位は手に取って飲めるだろうが、今のルーチェに、それをする気はなかった。
メイドがファロ大佐に見える形で、魔法の森保護管理員証を机に置いた。
「ルーチェ・アルカンシエル。魔法の森保護管理員。
そのような職業がエテルネルにあるのか?
お前は聖職者かエテルネル軍所属なのか?」
ファロ大佐はルーチェの顔をじっと見る。
興味深い、という反応だった。
「いいえ。私は聖職者でも兵士でもありません。
魔法の森保護管理の国家資格を持つ公務員です」
ファロ大佐は無精髭を生やした顎を撫でる。
「森の動植物についてある程度知識があるということだな。
巨大な空洞杉を倒したのも納得だ……」
ルーチェはピンッと睫毛を上げた。
「空洞杉のことはご存知だったのですか?
では、何故あんなに大きくなるまで放置されていたのですか?」
質問してからルーチェはグッと黙る。
前々から思っていたことだが、今言うことではないと思ったからだ。
「ヴィータ王国にとって魔法の森は神聖な場所だ。
木を切ることは簡単ではない」
「空洞杉が周りの植物の栄養を奪う性質を持つ有害樹だとしても? エテルネルなら発見次第専用管理地区へ植え替えます」
「それがどうした? 王のご意向を否定するのか?」
ファロ大佐の声が荒ぶる。
ルーチェは即座に謝る。ヴィータ王国は国王が全ての頂点。国民は国王に従うのみなのだ。軍人であれば尚更だろう。
「ファロ大佐……」メイドが困ったように言う。
するとファロ少佐はコホンと咳払いをした。
「話が逸れてしまった。
アルカンシエル、運命の裂け目で起きたことを説明しろ。
偽りなくだ」
大佐の目は厳格な審判員のようだった。
ルーチェはコクンと頷いた。




