13、サンティエの決意とヴィータ王国国境防衛軍
対岸のざわつきが遠くなり、静けさが戻る。
サンティエはパチンと水の膜を消した。膜の中にいると、音や姿が外から分からなくなるのだ。サワサワと霧状の水がサンティエと袋にかかる。
崖の方をサンティエは改めて見る。
男が2人倒れており、その近くに焦げたジャケットが落ちている。崖近くの木の幹に、ロープが巻き付いている。対岸の倒木の隣の木にもロープが巻き付いていて、どちらも途中で切れて繋がっていない。
そして袋から顔を出しているアルエット。怯えきった表情に花びらがついている。
サンティエはここで起きた状況を理解した。
ルーチェは犯罪者からアルエットを助けたのだ。しかしどんな理由であれ、彼女は敵国へ越境し、魔法資産を傷付けた。ヴィータ王国に捕まるのは当然だ。
サンティエは唇を噛み締めた。
胸の中でアルエットが泣いている。その泣き声を聞きながら子どもの頃を思い出す。魔獣に襲われそうになった自分をルーチェが魔法で助けてくれた。そして今、アルエットも。
「今度は僕が必ず、ルーチェを助け出す」
サンティエは胸の奥底から静かに声を出して言った。
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ルーチェは霧深い森の中を歩く。
魔法封鎖錠には鎖がついており、それに引っ張られる形で彼女は進む。
彼女の周りを、明度の低い紅色のコートを着た兵士達が囲む。チラチラと視線が身体のあちこちを刺してくる。その度にルーチェは不快な気持ちになったので、心の感覚をわざと麻痺させるように意識した。
前方と後方に騎馬兵が配置されていて、カツカツと蹄と馬具が鳴る音が響く。
前方の2番目を進む騎馬は、他よりも装飾が派手だ。乗っている兵士は先程の四角い眼鏡の男である。この一団のトップなのだろうとルーチェは思った。
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森を抜けると、目の前に石造りの重苦しい雰囲気の建物が見えてきた。まるで要塞のようだとルーチェは思った。
もっと辺りを見る。だんだん霧が晴れて、木々の形や道の様子がはっきり分かる。
「あれ……?」
「どうした?」隣の兵が即座に尋ねた。
「いいえ、何もありません」ルーチェは返答した。
「余計な口をきくな。エテルネル女め」
ルーチェは眉間に皺を寄せる。
自分はルーチェ・アルカンシエルだと名乗りたくなった。
だが、それよりも彼女は今自分の中にある感情に疑問を抱いていた。エテルネルの人間である自分が、どうしてここを懐かしい・見たことがある、と思っているのか?
ルーチェは他の人に比べて、幼い頃の記憶が無い。憶えていてもおかしくない年齢の頃を思い出そうとしても出来ないのだ。
「気にすることはない。個人差があるものだ」とルーチェの父からは言われていた。
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一団は門の前で立ち止まる。トップの騎馬兵が門兵と話している。しばらくすると、中から別の兵士2名が現れた。
「御婦人。貴女を我々がご案内いたします」
兵士達はルーチェの鎖を外す。
「何をやってる! その女は私の手柄だそ!」
四角い眼鏡の男が怒鳴る。
「恐れ入ります、デゼルト少佐。ファロ大佐の命令です」
「レオパルド伯と呼べ! 下等兵が!」
デゼルト少佐の声を聞き流し、兵士2人はお辞儀をしながらルーチェを中に連れて行った。
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正面扉から入って明るい廊下を進む。
牢獄に連れて行かれる雰囲気には見えない。
「御婦人はヴィータ語を話せますか?」
ルーチェは頷く。
彼女にとって、今兵士が話している言語はエテルネル語だが、そこの訂正は止めておいた。
「ここはヴィータ王国国境防衛軍支部です。
貴女をここの責任者の元に連れて行きます。
そこでご事情を偽りなく説明してください」
2人の兵士はドアの前で立ち止まりノックする。
「ファロ大佐、御婦人を連れて参りました」
中から男性の声で「入ってくれ」と聞こえてきた。
兵士はドアを開けた。




