12、アルエット救出
「アルエット! 聞こえる?! 私よ! ルーチェよ!
すぐ助けるからね!」
袋の中がデコボコ動き、花びらがパッと口から出てきた。
ジジジ……
その時、ルーチェは焦げた臭いに気付いた。
こちら側のロープが燃えているのだ。
「さっき飛び火したんだわ!」
慌ててルーチェは火を消すが、ロープは既に千切れそうになっている。
ルーチェは男達が引っ張っていたロープの端と逆の方を持って引っ張った。アルエットが入った袋が少しずつ近付いてくる。
ビチビチ!
ロープを動かす度に、千切れそうな部分に負担がかかっていることに気付いた。こちらまで運び切ることは不可能だろう。ルーチェは手を止め辺りを見る。
応援が来る様子はない。自分一人で、アルエットを運ぶ方法を考えた。
「あの木、空洞杉だ!」
対岸のロープを巻き付けている木の隣。
そこには更に大きく真っ直ぐ伸びた木がある。木の高さと位置。倒せば運命の裂け目を跨げる距離を確保できそうだ。幅も人間が2人並んで歩ける位ある。
ルーチェは少し離れたところに生えている弓柳へ走る。非常にしなるその木は、登る度に崖の向こうへ先端を倒していく。
「えいっ!」
柳が戻ろうとする力を利用して、タイミング良くルーチェはジャンプした。ぐわーんと飛び、対岸に着地した。すぐに空洞杉の幹の根元に火を放つ。
煙が空へ昇っていく。ルーチェはそんなことを気にしている余裕はなかった。根元を焼き尽くされた木に登ると、木は崖に向かって倒れていった。
ブチブチッ!
袋を吊るしたロープの片方側が遂に千切れた。ロープの端が、裂け目の遥か下で激しく流れる川の方に落ちていく。袋もそれに合わせて落下しそうになる。
ドシーン!!
空洞杉が橋のように裂け目の上に倒れた。
既にルーチェがロープを掴んでおり、袋の落下は止まる。数十キロ以上の重さを物ともせず、ルーチェはロープを手繰り、袋を自分のところまで引き上げた。
袋の口を開くと花びらまみれのアルエットの顔が現れた。
「ルーチェさん!」
アルエットはルーチェに抱きつく。
「怖かったわね。もう、大丈夫よ」
アルエットはルーチェの胸の中で声を上げて泣いた。
彼女を落ち着かせる為に、ルーチェはしばらく抱きしめた。
ピピーッ
背後から警笛が聞こえた。
ヴィータ王国のものだとルーチェは気付いた。
「早く戻らないと! キャッ?!」
煙幕魔法が飛んできたのだ。
このままでは二人共捕まってしまう。ルーチェは背中周辺を炎で囲い、煙幕を遮断し、姿を見えにくくした。背中の向こうで、軍隊的な言葉のやり取りをしているのを聞いた。
そんな時だった。
エテルネル側の茂みから、サンティエの姿が見えた。
ルーチェは立ち上がり、力いっぱいアルエットが入った袋を放り投げた。
「うわっ?!」
サンティエは水を飛ばす。袋は水を張った透明なボウルに入ったかのように、タプンと水の塊の中で止まる。
浮いた水の塊ごと、袋をこちらに寄せてサンティエは急いで木の陰に隠れる。
ヴィータ王国側からの警笛はサンティエにも届いていた。彼はこっそりと裂け目の方を見た。
一方ルーチェは、サンティエが袋を受け止めたことを確認し、背中の炎を解いた。
振り返り手を挙げる。
倒した木の根元付近に、ヴィータ王国兵が走って現れ、こちらに銃を向けた。
「不法侵入、そして自然破壊者だ! ただちに捕らえよ!」
後からやって来た。騎馬兵の1人が大声で言った。
ルーチェは抵抗せずに、先方の移動魔法によって、ヴィータ王国側の岸に到着した。そしてすぐに魔力を封じる特殊な手錠を手首にかけられた。
「お前はエテルネル人か?」
騎馬兵の男が話しかける。
薄茶色の髪をオールバックにしており、四角い眼鏡をかけている。眼鏡の奥の紫色の瞳は非常に鋭い。
ルーチェは黙ったまま頷く。
「他に仲間はいるか?」
「いいえ、見当たりません! 軍犬も反応しておりません!
対岸に男が2人倒れていますが、気絶しています!」
「ふん、まぁ良い。
エテルネルの女よ。お前の蛮行について、たっぷり話を聞かせてもらおう。生きて帰れると思うなよ」
紫色の瞳をギラリと光らせ、男は笑いながら言った。




