11、運命の裂け目
注意エリアに入る前に、ルーチェは暗号を残した。
サンティエと自分だけが分かる火の粉魔法の暗号だ。森の入口にも火の粉を飛ばしたので、彼なら迷わず来てくれるだろうとルーチェは思った。
緊急時は保護管理員の事後報告があれば、一般人も申告無しに入森出来る。サンティエは魔法大学首席卒業生である。他の保護管理員を呼ぶよりも、正直頼れる魔法使いでもあるのだ。
睡眠薬に必要な魔法草が生えている場所を幾つか見に行ったが、アルエットはいなかった。もっと奥へ行ってしまったのだろうか。
で、あれば管理用に設置されている通報魔法が作動して、とっくにジル達が動いているはずだ。その様子が見られないことが、ルーチェの不安を募らせる理由だった。
「あっ!」
通報魔法用の杭が外されていた。ロープが切れていないので魔法発動までしていないのだ。この所業は大人数名でないと無理だろう。
その傍から奥の方へピンク色の花びらが落ちていることを、ルーチェは発見した。このような花は今いるエリアには咲いていない。
アルエットは花系魔法使いの見習いである。これは、アルエットが残したメッセージだ!
「子ども達には、しっかり怒られてもらうしかないわね」
ルーチェは頭上に片手を上げ、火の玉を出した。
短い点滅と長い点滅を繰り返し、通報装置破壊を知らせる。
これで保護管理局の誰かが現場に人を手配してくれるだろう。
ルーチェは更に火の粉を残して進んで行った。花びらの上にも火の粉を落とし、サンティエも辿って来れるようにした。
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霧が深くなっていく。
魔法の森は起伏に富んだ地形をしている。ルーチェはどんどん坂を登って行った。高い地点に向かうということは、国境である運命の裂け目に向かっているということになる。
アルエットの身が心配になってきた。
花びらの道が続いていることが救いだが、このままどこまで伸びていくのだろうか?
「※※※※※!」「※※※※※※!」
花びらの道の先で、複数の男の声が聞こえた。
外国語らしく聞き取れない。
ルーチェは慎重に近付く。
その光景に思わず声が出そうになったが耐える。
グレーの地味なジャケットを着た男が2人、運命の裂け目に立っていた。
両岸で向かい合っている木の幹にロープが巻き付いており、岸を渡らせていた。そのロープ真ん中には子どもが入るに充分な大きさの袋が吊るされている。袋の口はこちらを向いており、隙間から花びらがパラパラ散っている。
男達は怒鳴り合いながらロープを引っ張り、袋を対岸の方へ移動させていた。
「今すぐ止めないと……!」
サンティエや応援を待っている暇は無いと判断し、ルーチェは男達に近付いた。
「止めなさい!」
男の一人が片手を振った。
するとルーチェに向かって小石が飛んできた。
「痛い!」ルーチェは手で顔を隠す。
次は大きなシャボン玉が飛んできた。ルーチェが避けるとシャボン玉は割れ、中には手の平大の石が隠れていた。
「そっちがそのつもりなら仕方ないわね!」
ルーチェは手を振り、大きめの火の粉を飛ばす。
服についた途端、火は広がりだした。
「※※※※※※?!」
「※※ー!!」
男達は大慌てで火を消そうとジャケットを脱ぎ、地面に叩きつけようとする。その前にルーチェの一撃二撃が彼らの頭に入る。男2人はその場で気絶して倒れた。
炎は既に消えていた。
ルーチェは深呼吸をして構えを解く。
保護管理員になるべく、体術も人並み以上に彼女は身に着けていたのだ。




