1、魔法の森へ逃げてきた女の子
☆この作品は、遥彼方様主催の【共通恋愛プロット企画】参加作品です。長岡更紗様ご提供の異世界恋愛プロットを元に執筆した作品です。
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君主制のヴィータ王国と、大統領制民主国のエテルネルは、互いに支配を目指し、長年各地で戦争・停戦を繰り返してきた。そしてまた、国境付近の町で起きた空襲により、魔法の森の入口まで避難してきた家族がいた。
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5歳のルーチェは霧で奥が見えない森の入口を見つめていた。焦げ茶色の髪はすっかりボサボサで、服も肌も泥だらけである。
疲れ果てた視界に映る森は、闇に繋がる洞窟にも思えた。
「警察が来たわ!」
ルーチェの母親が叫ぶ。
「このままでは全員捕まってしまう! ルーチェ!」
ルーチェの父親は、小さな彼女の背中に袋を背負わせ、しっかりと革紐で結びつけた。
「ルーチェ、馬に乗って森の中を真っ直ぐ走るんだ。
決して振り返ってはいけない。
やがて『運命の裂け目』と呼ばれる崖に辿り着く。
対岸にいる夫妻に運んでもらい、エテルネルへ逃げるんだ」
「パパとママは?」ルーチェは尋ねる。
「パパとママは行けない。でも、お前は生き延びるんだ。
運命の裂け目を飛び越えれば、未来が拓ける。
大丈夫だ。ルーチェ、愛してる」
両親はルーチェを抱き締める。
背後から追手の足音と声が聞こえてきた。
「動くな! お前はヴェリタだな!?
お前達を国王反逆罪で逮捕する!」
ルーチェの父親は立ち上がり、右手を下から斜め上に振ると、一家と警察達の間に炎が壁のように燃え上がった。
「炎使いか?! 対抗魔法を!」
警察の声が飛び交う中、父親はルーチェの方を振り返る。
「早く行け!!」
母親がルーチェを馬に乗せた。ルーチェを乗せた馬は森に向かって走り出した。深い霧の中に、ルーチェは飛び込んて行った。
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日没には早過ぎる時間だが、森の中は薄暗い。
草木を分ける余裕もなく馬は走る。時折頬に枝先や葉の先端が刺さる。それでも小さな彼女は黙って耐えた。
獣の唸り声が流れる景色に割り込むように入ってくる。
馬が怯んで首を動かそうとする度に、ルーチェは必死で、
落ち着かせた。
「キャアッ?!」
馬体が大きく上下し、幼い少女の身体は簡単に飛ばされてしまった。
馬は明後日の方へ走って行った。
サラサラと葉っぱが垂れている木の上部にルーチェは落ちる。枝は何故かバネのようにグググとしなり、跳ね返した。その力でルーチェは更に飛んでいく。
ガササッ!!
ルーチェと背の低い木々の茂みに落下した。柔らかい葉っぱがクッションとなり、致命傷は避けられた。
それでも身体が受けたダメージは大きく、ルーチェは力尽きかけていた。もう、このまま目を閉じた方が楽な気がした。
「……ルーチェ! ルーチェ!」
誰かが呼んでいる。ルーチェは目を開けた。
茂みから抜け出して耳を済ませる。
「ルーチェー! ここよ! ルーチェー!」
「ママ? パパ?」
フラフラになりながらも、ルーチェは力を振り絞り、声の方へ向かった。
やがて、草むらは開かれ、芝生になった。
その先は途切れており、対岸に大人が二人見える。
ルーチェには両親のように見えた。
「ルーチェだな?! よくここまで来た! 頑張ったな!」
男の方が対岸越しに叫ぶ。
「ジッとしてて。すぐ運ぶから」
男が両手を振り上げるとルーチェの身体は宙に浮いた。
そのままスルスルとルーチェは崖を飛び越え到着した。
両手を下ろした男は膝をつき、ハァハァと息を吐いていた。
「ああ、怖かったでしょう! もう大丈夫よ!」
女がルーチェを抱き締める。彼女は泣いていた。
「これは、ヴェリタからの手紙と資料だ」
ルーチェが背負っていた荷物を外して男は言った。
男はザッと目を通し、しゃがんでルーチェを見る。
「私達はアルカンシエル。君の両親の親友だ。
君は今日からエテルネルで私達と一緒に暮らそう。
君の名はルーチェ・アルカンシエル。私達の大切な一人娘だ」
ルーチェは震えている。視線がブレており、かなり混乱している様子だった。
アルカンシエル夫妻は、汚れてボロボロのルーチェを再度優しく抱き締めた。
「さぁ、一緒に家に帰ろう」
一旦離れてから、アルカンシエル氏は手を差し伸べた。
まだ呼吸は整っておらず、全身から汗を吹き出している。
「家……?」ルーチェは顔を上げる。
目の前で笑っている大人は、パパでもママでもない。
「だ、誰?! いや!!」
ルーチェは手を振り払う。
同時に彼女の目の前に火の玉が飛び出した。
「ルーチェ!? 火を消しなさい!」
アルカンシエル氏は思わず叫ぶ。
ルーチェは、火の玉と一緒に走り出す。
「ママー!! パパー!!」
「ルーチェ! 待って!」
アルカンシエル氏は追いかけようとしたが、フラついてしゃがんだ。
夫人も走ったが、火の玉がビョンっと飛んできたので立ち止まる。火の玉は再びルーチェの背中に戻る。ルーチェの姿が遠くなった。