ディスタンス
ただ生きているというだけなのにどうしてこんなに辛いのか?
ああ、辛い。
もう何も考えたくない。
生きてるという状態は普通の何気ない状態なのに、今の私は辛いだけの時間を過ごしている。
そもそも私は大それた人間などではない。
苦行とか、試練とかいう物はそれに相応しい人格を持った人間がやるべきであってモブみたいな私には無関係であるべきなのだ。
今生の辛苦の前では太陽の光も、冬空も苦痛でしかない。
別に私は自分自身に不満があるわけじゃない。
普通という言葉さえ重さを感じる平均以下の人間と断言しよう。
そんな普通さえ背負う事の出来ない、出来損ないが何だってこんな辛い目に遭っているのか。
神様の期限を損ねたのか、もしくは運命に見放されたのか。並以下の私にわかるはずもない。
この”ただ生きているだけ”という辛さに比べたら地獄の猛火も裸足で逃げ出してしまうことだろう。だが今味わっているの苦しさはそんなレベルじゃない。
私は歯を食いしばってその時が終わる事をひたすら祈る。
そう弱者の私が今まで使っていた苦しい時を凌ぐ非効率的なやり方。
よく無責任な人間は苦しい時は楽しい事を考えろっていうけれど私には楽しかった事なんかない。
せいぜい溜まったウンコが出た時くらいだ。今だって肛門がどうにかなってしまうほどウンコが出た時の事を思い出しているけれど事態が改善される事は無かった。
そういう時に無責任な連中は口をそろえて”それはアナタの努力が足りないだけ”と言う。
出ない糞は出ないんだよ!
私は虚空に向けて絶叫する。
だけど苦しみは深まり、心の古傷を抉るだけ。
だってウンコが死ぬほど出た時も結局はその後の気が緩んだ瞬間にした放屁によって…四十歳すぎたらこういう事はあるんだよ。
もうこの話止め。
とにかく辛い日々が続き、それが月日となり年月となる頃には心は渇き果て人生に希望を見出すことが出来なくなってるだろう。
この辛さと縁を断つ方法など無いのかもしれないがその答えなど考えつくはずもない。
ただの辛さとはいえ、己の無力に歯噛みする。
こうなっては存在理由とかく何故こんな場所に生まれたのかさえわからない。
世界は弱者が生きる事を許さないとでも言うのか。
生きる権利は誰にでもある。
本当に生きる価値があるのは無欲な善人ではない。
誰よりも生きる事を求めて戦い続ける人間のはずだ。
そう弱者として生まれても苦難に耐えて前向きに生きる事くらいは出来る。
不平不満は口にしない。
惨めなだけだから、認めて欲しいならまず動くべきなのだ。
今度は奥歯を噛み締める。
弱い言葉を出さない為のルーティン。
無粋な言いわけは魂の価値を損なうだけでしかない。
艱難辛苦に抗え抗えと己に命じる。
生まれた事を誇らしく思うならまず不満を口にするな。
それは赤ん坊がママのおっぱいを欲しがって泣いているのと同じ。
何も出来ない赤ん坊ならば笑い話で終わるが、既に中年男の見苦しい言いわけなんて誰も聞きたくはない。
生まれたことに意味を求めるなら真っ直ぐに生きて義務だけを果たせ。
それが抵抗の本質。
安易な報酬を求めるな。
それは乞食のする事だ。
地面に散らばる小銭を必死にかき集めたところで失笑を買うばかり。
それを気高い魂を持つ人間の所業とは誰も思うまい。
肉体と魂の全てを使って抗え、抗い続けろ。
安易な報酬など唾棄すべき物。
やがて全ての辛さを乗り越えた時、真の価値ある物を手にしているはず。
さあ、勇気なんて言葉を捨てろ。
他人の施しなど当てにはするな。
お前の生まれた価値はお前にしかわからない。
愛なんて要らない。
必要なのは己の中にある真実が偽りではない事を証明するだけだ。
慟哭の果てに汗と涙と血が、見えたような気がした。
静寂はまだ聞こえない。
心と体を蝕む痛みはまだ変わる事も消える事も無かったのだ。
だがこれがいい。これでいい。
いつか良い思い出に変わってしまうようなおセンチな受難など最初から求めてはいない。
誉め言葉も要らない。ただ抗いっている自分の姿を見たかっただけの事。
そして私はオチンチンとキンタマにつけていた8個の洗濯バサミを外した…。
かつてない解放のカタルシスに包まれた私は独白する。
オチンチンとキンタマに洗濯バサミをつけても得る物など何も無い。
ただ痛い、それだけだ。
こんにちは、世界。今日も世界は美しい。