第14話 姒臾と戦いました
さて翌日は受験の日です。子履、任仲虺のほか、姒臾も一応は受験生です。なのですが、サボって遊女と遊んでばかりです。案の定といえば案の定ですけどね。ていうか有莘氏の屋敷から離れて、一気にグレた感じがあります。子履が婚約を嫌がっていたあたり、元々そういう前兆はあったかもしれません。
任仲虺が近づかないでと強く言っているので、子履らのお出かけや練習に姒臾は同行していません。なのであたしも子履も安心してお出かけできたわけですが。
ところであたしは今、夜の宿屋の裏で、またその姒臾に呼び出されています。内容は大体分かっているので、あらかじめ任仲虺に報告してあります。
任仲虺は子主癸と同じ水の魔法が使えます。五行の相剋において、水は火に剋つといいます。水は火より強いのです。任仲虺がいる間は大丈夫ですが、商丘に戻った後、常に子履のそばにいて水の魔法を使える人がいなくなります。子主癸は王の仕事があるため、ずっと子履のそばにいられないのです。
あたしは子履との結婚を避けるために意識的に距離を置いていますが、それでも個人的に姒臾のことが許せません。姒臾を利用すれば自分は子履と結婚せずに済むような気もしますが、女の踏み込んではいけない領域に土足で踏み込む姒臾のことが、女性の矜持にかけても許せないのです。
あたしの魔法の属性は土ですが、勝算はあります。これは子履を守れるかどうかの戦いです。
宿の裏口、雑草などが生い茂るその場所で、姒臾は早速喧嘩腰になっていました。
「俺の履に近づくなと言ったよな?なぜ破った?」
うん、俺の履とか言われたくないです。
「そのご命令はお嬢様が取り消されました。あたしはかつては有莘氏に仕えておりましたが、今は商王陛下(※子主癸)の使用人でございます。お嬢様のご命令を優先いたします」
「都合のいいことをほざきやがって!俺は履に無視されてばかりいるのに、なぜお前が仲良くしてるんだ!履の婚約者は俺だということがまだわからんのか?履は俺のためだけに尽くし、俺に全てを捧げるのが常だ。お前のような魑魅魍魎、任仲虺のような有象無象なんかと付き合う時間はないんだ!」
うわ、本音出ましたね。ていうかあたしの初めての御主人様である有莘氏の息子なだけに、一生聞きたくなかった本音です。
「お言葉ですが、お嬢様にとって若旦那様は全てではありません。お嬢様にも友人はおられますし、人付き合いもございます」
「黙れ!これ以上履と仲良くするのなら、お前を今ここで殺してやる!」
うわ、出ましたよ殺してやる発言。前世ではめったにお目にかかれるものではありませんでしたが、この世界では普通にあることらしいです。しかも本当に殺そうとするという。
あらかじめ任仲虺に言われていたので警戒はしていましたが、実際に言われると怖いです。あたしは思わず後ずさりしてしまいます。でもここでひるんでは、姒臾と戦うことはできません。
お嬢様は若旦那様のために苦しんで泣いています、と言おうと思いましたが下手に挑発する場面ではないので、後にとっておきましょう。
と思ったら、猛烈な熱さとともにあたしの服が激しく燃え上がり始めました。全身に痛みが走ります。いえ、考える余裕はありません。
あたしは姒臾を待っている間、姒臾と話している間、魔法を使ってあらかじめ自分の地面の下に空洞を作っておいたのです。その空洞の底を、魔法で目一杯押し上げます。あたしの足元から大量の地下水が、噴水のように吹き出て、あたしの体を燃やす火をほとんど一瞬で消火します。
「!!」
姒臾が目を丸くした隙に、そのすぐ先の地面が爆発したかのように勢いよく吹き上がります。その激しさで姒臾が転倒している間に、あたしは走って逃げます。
「おい待て!ま、待てっ!」
腰を抜かして立てないのか、姒臾の怒鳴り声だけが聞こえてきます。
◆ ◆ ◆
その翌朝も姒臾はあたしを呼び出しましたが、代わりに任仲虺が出ていきました。任仲虺に何を言われたかは分かりませんが、姒臾は朝食であたしと出くわしても何も言ってきませんでした。
一方の子履は自重していません。
「伊摯、茶を入れてください」
姒臾の目の前ですから、あまり刺激しないほうがいいと思うのですが。それに茶を入れるのは料理人の仕事ではないでしょう、などと言いたいことはありましたが子履がにこっと笑ってくるのでもうどうでもよくなってきました。
そのままするすると、あたし・及隶、そして子履、任仲虺、姒臾の5人は斟鄩学園の校門まで来ました。姒臾は最後の抵抗と言わんばかりに、一列に並ぶあたしたち5人の中で子履を端に置いて、自分はその隣に立っていましたが、それも任仲虺が子履を引っ張って自身とあたしの間に割って入れたので終わりました。
学園では、すでに他にも多くの受験生が集まって、受付に並んでいました。あたしたちも一緒に受付に並んで、まず3人のエントリーを済ませました。
「そちらのお二人は?」
「私の使用人でございます」
受付の人の質問に子履が答えますが、受付は困ったように眉をしがめます。
「申し訳ございませんが、お付き人は1人あたり1人までとなっております」
「それでしたら、この者をわたくしの付き人にいたします。それで問題はないでしょう」
と、任仲虺があたしの腕を軽く触ります。
とりあえず受付を通してもらえました。あたし・任仲虺、そして及隶・子履は別々に並ぶことになりました。子履は火、任仲虺は水の魔法を使いますので、それぞれの列に並んでいます。
子履が恨めしそうに頬を膨らませてあたしを見ているのが見えました。ひとまず子履から引き離してくれた任仲虺にお礼を言います。さすがあたしの友達です。いや、軽々しく友達って言っていいのかな。
「引き離してくださりありがとうございます、任様」
「仲虺でいいですよ。それと伊摯さん、お寒いでしょう?上着を用意いたしましたが‥」
任仲虺はにっこり笑いかけます。確かに今は晩秋で寒いのですが、付き人のあたしが貴族の服を着るのも気が引けます。断ろうと思いましたが、その前に任仲虺が立派で温かい着物をあたしの上にかぶせてしまいました。
「友人ですからご遠慮なさらす」
「は、はい」
押し付けられる形になってしまいました。これはもう、後でまた見返りを要求されるでしょう。任仲虺のことですから大丈夫だと思いますが、子履とばったり出会わないような見返り希望です。
列が動かされます。2人の試験官のいるところを、楕円形に取り囲みます。これならおのおのの魔法を、全員でしっかり確認することができます。1人、また1人と、水の魔法を放ちます。1人の試験官が地面から木を生やし、1人の試験官がそれに火をつけて、これを受験生たちが1人ずつ消火していきます。木の中まで消火する必要はなく、見た目消火できれば合格で、制限時間を過ぎても火がまだ勢いよく燃えていれば不合格です。
あたしはほぼ任仲虺、子履、姒臾の魔法しか見ていませんでしたが、ここではあまりうまく魔法が使えない人も多いですね。子履たちは上手い方だったのですねと驚いておりました。
さて、もうすぐ任仲虺の番が来るのですが‥任仲虺はなぜか、周囲を歩いているスタッフを呼び止めています。
「もし、すみません」
「はい、どうされましたか」
「この方は土の魔法をお使いになりますが、間違ってこの水の列に並んでしまったようです。案内できないでしょうか?」
と言ってあたしを指差しました。
えっ。
えっ?
「待ってください、あたしは付き人で‥」
「付き人がそのような服を着ますか?」
任仲虺が、さっきあたしに着せた自分の服を掴んで畳み掛けます。
「ちょっと待ってください、この服は」
「土の魔法の応募者は少ないですし、急いだほうがいいですね」
スタッフはあたしの弁明も聞かず、腕を引っ張ってきます。
「それでは頑張ってくださいね、伊摯さん」
「仲虺さん助けてください!!」
ひらひら手をふってあたしを見送る任仲虺の姿が少しずつ小さくなります。




