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第13話 姒臾に対抗するために

馬車の中で子履しり姒臾じきの目の前であれだけぺったんこになっていれば、さすがに姒臾にもそういう考えが浮かぶかもしれません。やむを得ないものです。

しかし子主癸ししゅきは、あたしと子履の関係を姒臾に漏らさないよう何度もあたしに言ってきましたし、あたしも子履も気を遣って姒臾にばれないよう注意してきました。それだけに、今ここでばらすことはできません。

まずはごまかしてみます。


「なぜそのようにお思いでしょうか?あたしの行動に粗相がありましたでしょうか?」

があまりにお前にくっつきすぎているんだ、それを見てれば分かる」


単にくっついたり、頻繁に商丘しょうきゅうの屋敷のキッチンにやってくる程度では、友達と見られてもいいのではないでしょうか。そういえば友達と同性愛の区別ってつくのでしょうか。

ひとまず、あたしの中でストーリーを作ってみます。


「お嬢様はあたしの料理が大変気に入っているらしく、料理や身の回りの話はよくいたしますが、それ以上の関係はございません。平民として貴族とお近づきになるだけで大変畏れ多いのですが、友人以上のことは一切いたしておりません」

「‥ふん、聞いてみただけだ」


聞いてみただけかよ。まあ、キスしていたわけでもないですし、このまま頑張れば最悪友人で貫き通せますね。


「‥お前に言っておきたいことがある」

「何でしょう?」

「履は俺のものだ。近づくな」


まだそれを言っているんですか。同性愛のありなし関係なく、それは普通にむかつきます。馬車の中で見た、子履の腫れた頬を思い出すだけで、悲しくなります。ですが相手は貴族、上下関係がありますのであたしは頑張って自分の表情を押し殺します。

ていうかあたしも本音は子履に近づきたくないんですよね。


「了解いたしました、いっそうの注意をはらいます」

「‥言いたいことはこれだけだ。くれくれも俺と履の六礼りくれいを邪魔するなよ?」

「はい」


この世界では結婚式というか一連の結婚の手続きのことを六礼と呼んでいるようです。前世では結婚は書類手続きも含めて最悪数日あれば済んでましたが、こっちの世界の六礼は1ヶ月で終われば早い方らしいです。ひええ。

姒臾は言いたいことだけ言って立ち去りました。あたしも子履と離れたいのはやまやまなんですよね。


ですが‥心のどこかに苛立ちと、一抹の寂しさを感じます。


◆ ◆ ◆


と思ってあたしは自分の、平民用のぼろい部屋に戻りました。なぜか子履がベッドに座って、向かいの及隶きゅうたいと雑談をしていました。


「お、お嬢様、なぜこんなところにおられるんですか!?わざわざこんなところへ参らなくても、人を使ってお呼び頂いても‥‥!」

「あら、伊摯いし。婚約していますし、そこは別にいいのではないでしょうか」


子履は貴族の高価できれいな服を、惜しげもなく平民向けのぼろぼろで小汚い布団の上に平然と乗せています。


「伊摯、ここに座ってください」


布団を軽く叩いてきたので、あたしは申し訳無さそうに子履から数センチくらい離して隣に座りました。子履は当たり前のように詰めてきました。


「伊摯、馬車の中では私の盾になってくださり、本当に感謝しています。感謝で頭も上がりません」

「そんな、もったいないお言葉‥‥とにかく貴族がこんなところに座るのは大変に汚いので、ご自愛くださいますように。せっかくの服が汚れてしまいますし、埃だらけの部屋でご気分もよくないでしょう。次からはもう少しきれいな場所にお呼び出しいただければと‥‥」


あたしが慌てる素振りを見せると、子履はふうっとため息をつきました。


「‥‥様がうるさいのです」

「ああ‥」

「二度と伊摯に近づくなと脅して参るのです」


そう言って子履は淋しげに、胸に当てた手を握ります。それを見ていると、あたしが悪いことを言ってしまったようです。


「伊摯は仲虺ちゅうきと対等な友人になったとお聞きしました。ぜひ私に対しても、対等に接してくれないでしょうか。もちろん結婚を前提に」


と迫られます。対等に接する事自体は嬉しいんですが、そんなことをしたらまた距離が縮んでしまいます‥‥。


「お嬢様、とてもいい人っすよ!」


なんと及隶までもが子履を援護しています。おい及隶裏切ったな。この前はあたしに協力してくれると言ったのに。


「明日の昼にごちそうしてくれるらしいっすよ!いい人っす!」


ああ、それでか。釣ったのか。

でも、それを含めて考えても、姒臾が子履の頬が腫れるくらい殴ったのは事実です。女の子にとって顔は命なのに、それを怪我させた姒臾のことがあたしにとっても許せないのです。子履を姒臾から守るために、周辺に人はいたほうがいいのです。

今は任仲虺がいてくれますが、商丘しょうきゅうに帰った後は誰が見守ってくれるのでしょうか。子主癸ししゅきに頼む手もありますが、商の国の王なので多忙です。子履には妹が2人、弟が1人いますが、いずれも姒臾より年下です。となると残るのはやはり。あたしも姒臾より年下なんだけどな。あたしはため息をつきます。


「‥‥いいんですか?あたしも若旦那様に、お嬢様に近づくなと命令されましたが」

「臾様よりも私のほうが、商の国での身分は上でございます。その命令は私が取り消します」

「あたしが一緒にいると、若旦那様の妨害がひどくなるような気がします。何か対策は考えておられますか?」

「私に案があります。明日試しましょう」

「はい‥」

「ついでに私も、入試までに魔法の復習をしなければいけません」


そうでしたね。子履も受験生です。5日後には入学試験が控えています。

姒臾に関する打ち合わせをいくらかして、その夜はお開きになりました。


◆ ◆ ◆


翌日、及隶・任仲虺と一緒に子履のおごりでごちそうを食べました。及隶にはとりあえず昨夜の仕返しで頬をぷにーっと引っ張りました。よく伸びます。今後裏切らないことを確認しました。

食べ終わった後は、ある公園の隅で魔法の練習をしました。他にも受験生らしい貴族たちが練習しているのが見えました。あの中に子履がなびきそうなイケメンはいないものかと気になりましたが、目を泳がせるたびに任仲虺が注意してきます。


「伊摯さん、きちんと前を見ないと危ないですよ」

「は、はい‥」

「それから、さんの魔法も見てあげてくださいね。もうすぐ受験なのですから、気づいたことがあればどんな些細なことでもお伝えくださると大いに助かります」

「善処します‥」


そうやってずっと子履を見る羽目になってしまいます。

任仲虺とは、子履の婚約を阻止するという約束をしたはずなのですが‥‥まあ今は受験直前ですし、みんなビリビリしていますよね。仕方のないことです。あたしはそう納得して、姒臾と戦うための魔法の練習に集中しました。

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