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第1話 冗談を言ったら結婚することになりました

本作品の制作にあたって『史記』『竹書紀年(古本/今本)』『書経』『呂氏春秋』『十八史略』などを参考にしています。これらの書物を今後読む予定のある方はご注意ください。なおごく一部に中国語のまま読んだ書物もございますが、解釈違いがあったらお許しください。

本作品はまったくのフィクションです。実在の人物名、地名、国名などがいくつか登場しきますが、歴史上のものとは関係ございません。架空の固有名詞も多く出てきますのでご注意ください。

歴史上の人物の多くが女性化して登場します。時代考証のほうも、全く別の時代の要素が入っています。これはただの歴史小説ではありません。苦手な方はブラウザバックしてください。


※本作の主人公の伊摯いしについて、『伊』は正確には姓ではなく氏です。本来の姓は『』(中国語版Wikipediaより)ですが、話の展開の都合上、本作では『伊』を姓として扱いますのでご了承ください。

※本作では馬鹿長い後書きがある場合があります。後書きの8割は作者の自己滿足です。大切なところは最初の数行にだけありますので、そこだけ読んであとは読み飛ばしてください。

あたしは姓を、名をといいます。7歳です。茶髪ショートの女の子で、よく活発だと言われます。


物心ついた頃にはびっくりしましたよ。あたしには日本で女子高生をやっていたという前世の記憶があるんですけど、この世界は前世のそれとは違うようなのです。


第一に、魔法というものがあるようなのです。あらゆる物質や魔法は「火」「水」「木」「金」「土」の5つの属性を持っているらしいのです。私はとりわけ土の魔法が得意みたいで、地面に小さく穴を開けたり、小さい人形のようなゴーレムを作ったりしました。


第二に、この世界は前世でいう欧米と中国の文化が混ざっているようなのです。人々の着ている服は中国の時代劇に出てくるようなデザインで、日本の着物にも似ています。建物は日本の大正時代のような、ちょっと古いヨーロッパのようなデザインと言ったほうが近いかもしれません。みんなテーブルの椅子に座っていますし、馬車もイギリスにありそうなおしゃれなデザインです。


第三に、この中華の中心にある国は「」と呼ばれているようなのです。最初はなつ?季節かな?と思っていましたが、どうやらこれが国の名前らしいのです。国の名前を一字で済ませてしまうのは、まるで古代中国のようですね。日本人にとってもなじみのある「夏」という字をそのまま国の名前にしちゃうのは、お茶目な人たちですね。現にこの世界にも四季があるので紛らわしいと思います。


そしてあたしは今、給仕として有莘ゆうしんという貴族の一族に仕えています(※『有』は助辞であり、特に意味を持たない)。有莘氏はしんという国を治めていますが、国にも上下関係があるようで、たくさんの国を束ねるリーダーにあたる夏という国の家来として仕えています。

あたしは平民ですが、この有莘氏のもとでけっこう幸せな生活をさせていただけてると思います。今、大きなキッチンで料理を作っています。


「人参が足りません!」

「そこの籠にあります!」


あたしは何人かの料理人をまとめる小さなリーダーのポジションについています。あたしより上のリーダーももちろんいますが、料理ができあがるまではいらっしゃいません。


「リーダー、皮むきってこうすればいいですか?」

「はい、その小さいナイフを使って慎重にお願いします。怪我のないように」

「はい!」

「すみませんリーダー!」

「今行きます!」


あたしはあっちこっちに引っ張られててんやわんやです。

なんとか料理ができました。上司のチェックを受けてから、次々と貴族の人たちのところへ配膳しに行きます。毎日毎日これの繰り返しです。

あたしは高校生以降の記憶がないので日本で社畜を経験したかは分かりませんが、日本の学校の文化祭が毎日あるような気持ちです。とにかく忙しいのです。でもこの世界には自動車やバスといった便利なものもあまりなく、よく歩いて運動するのですから、前世よりは体力がついていると思います。


あたしも配膳を手伝っていると、ふと廊下で侍女たちの会話が耳に入ってきました。


「今日はお客様がいらっしゃるそうですよ」

「粗相のないようにしませんと」


あたしの仕えている有莘氏はそれなりに身分のある豪族です。王族や他の豪族とのつながりもあるのだとか。なのでよくお客様がいらっしゃるのです。わりとよくあることです。


配膳を終わらせて、暇ができました。食事中に呼び出しを受けることもありますから屋敷の敷地からは出られませんが、あたしは勝手口から外に出ました。外にはきれいな草原が広がっていて、草が風にゆられていました。木もあります。太陽に照らされて、きれいな青色に輝いている草原です。

あたしはいつも通り、木陰に入って草原の上に寝転がっていました。あたしの顔を照らす木漏れ日が、いつになくきれいです。あたしはよくこうやって、疲れを癒やすのです。


「‥‥!!」


ふと、木の後ろにある茂みが動いているのに気づきました。風のせいかと思いましたが、違うようです。虫ならこんなに大きい音は立てませんし、人間でしょうか。

あたしはその茂みにそっと顔を突っ込みました。


「うわっ」


茂みの中に人間がいました。背中まで伸びた真っ黒な髪は太陽の光を反射して美しいつやを作っています。やわらかくしなやかな髪が風に揺られていて、その人間の妖しさと奥ゆかしさを際立たせていました。立派な服を着ていますがあまり見ない顔なので、お客様の子供が迷子になったのでしょうか。

それにしても、美しい女の子です。あたしは茂みを掴む手を止めて、呆然とその子を眺めていました。


「きれい‥」

「‥っ」


身分の差を忘れるほどに美しい見た目でした。後で思うと、一目惚れだったのかもしれません。

あたしが思わず声に出すと、少女はびくっと頭を手で塞ぎ、体を丸めました。まるであたしにおびえているようです。


「‥私を母上に突き出すの?」


何かトラブルがあって母親から逃げたようです。迷子ですから親を探さなければいけないのですが、あたしは目の前にいるその少女を見て、なにか別の感情を持ってしまったかもしれません。その少女に手を差し伸べました。


「あたしとここでお話しますか?」

「‥‥‥‥うん」


少女は目撃者をここに留めたほうがかえって安全と判断したのでしょうか、力なくうなずきました。

あたしと少女には身分の差があります。本当はあたしが低いところに座らなければいけないのですが‥眼の前の少女がどこかさみしげな表情をしていたので、ついその隣に座ったうえに、背中をさすってしまいました。


「大丈夫ですか?」


少女は嫌がる様子もなく、しばらくあたしに背中を撫でられて目をつむっていました。


「‥‥私はあのお方と結婚したくないの」

「婚約者をお探しだったのですね」

「‥‥うん」


少女はうつむきながら、ぼそりと小さい声で感情を紡いていました。

この世界では、貴族は10になる前に婚約者を探さなければいけないことになっています。この少女もその1人でしょうか。まだ幼く世界のこともよく知らないのに結婚のことを考えさせられるって、この世界の貴族たちは不幸に思えてきます。このおどおどした様子を見ていると、信頼できる相談相手もいないのでしょうか。


「あたしと結婚します?」


身分の差を完全に失念した、女子高生同士のお互いを和ませる冗談のような発言でした。もし他の人にこれを言ったら死刑になっていたかもしれません。あたしは言った後でしまったと冷や汗をかきました。


「い、いや、違います、今のは冗談で‥」


慌てるあたしを、少女はじっと見つめています。口元がかすがにゆるんでいます。笑っているのでしょうか、呆れているのでしょうか。

少女は、あたしの手をそっと触りました。


「本日ここに来るにあたって、占卜せんぼくを行いました。その結果、本日最初に求婚された相手と結婚しなければいけないことになりました」

「‥‥えっ?」


え、何、この空気は何でしょうか。え、あたし求婚したつもりはないんですが。


「あなたのお名前を教えて下さい」

「えっと‥姓は姒、名は摯といいます」

「ふふ、伊摯いしというのですね。素敵なお名前ですね」


少女がかすかに笑っていたので、あたしは慌てて訂正しようとしました。


「おっお言葉ですが、あなたは貴族であたしは平民でございます、しかも女の子同士ですから‥」

「関係ございません。私たちの一族は、常に人を平等に扱うよう祖先から厳しく諭されています」

「いえ、ですが‥」


その時、茂みの外側から何人もの召使いたちがうろうろしている足音が聞こえました。おそらくこの少女のことを探しているのでしょう。

静かにしていればやり過ごせるでしょう。あたしがそう思ったのもつかの間、少女は立ち上がりました。


「えっ、今ここで動いては‥」

「いいえ、大丈夫でございます。あのお方以外の人と結婚することになり、満足です」

「え、いや、違います、あれはただの冗談でして‥‥!」


少女はそっと、焦るあたしを振り返ります。顔にはかすかに笑顔をたたえていました。


「私は姓を、名をといいます。商丘しょうきゅうの地にあるしょうの国の第一子でございます。お見知りおきを」

「あっ、待って‥」


子履しりと名乗った少女は丁寧にお辞儀をすると、あたしの制止も聞かず、上品な足取りで茂みを出ていってしまいました。

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